甘く接吻けて【特集】前編 P:08


 一条のことは、最初から警戒していた。あの鋭い視線が、中学生というにはあまりに大人びて見えるから。だから、自分で思うほどすれていない炯のことなど、簡単に見破られてしまいそうな気がして。
 泣きそうな顔で震えている炯に一条は笑顔を見せ、強く掴んでいた手を離すと、ぽんぽんと軽くクセ毛の頭を叩いた。
「そんな顔しないの。脅してるわけじゃないよ」
「十分…脅してますよ…」
「そう?でもさ。せっかく炯くんのこと気に入ってんのに、さらっとスルーされちゃ悲しいだろ?」
「だって……」
 きゅうっと唇を噛む炯が、気持ちを落ち着かせるためか再びプリントを折り始めたのを見て、一条はう〜んと天井を見上げた。何かいい方法はないものだろうかと。
 一年生の意見をまとめてくれそうな存在で、しかも頭の回転が速く、何も言わなくたって自分のやるべきことに身体が動く。炯に興
味があるから引っ張り込みたいというのも事実だが、それ以上に本気で役に立ってくれそうな彼が、是非とも自分の身近に欲しい。
「じゃあさ、今んとこまだ後期の生徒会選挙に出ろなんて無茶言わないから、とりあえず手伝いってことでどう?」
「……やです」
「強情だなあ」
「だって。生徒会って二年生と三年生ばっかりじゃないですか。僕が入ったってどうせ浮いちゃうし」
 おや、と。初めて炯から具体的な反対理由を出され、一条は楽しげな表情を見せた。
「それが理由なら、もう一人誘えばいいんじゃないか?」
「そうじゃなくて」
「なんでだよ。あれも嫌、これも嫌じゃ話は進まないだろ」
 進むも何も、いきなりこんなところまで引きずって来られて、一方的な要求を突きつけられているだけなのだが。
 手を止めた炯は、じいっと上目遣いに一条を見つめてみる。相変わらずの厳しい視線は、浮かんでいる笑みを裏切って諦めてくれそうもない。
 どうしてもどうしても、この先輩は譲らないつもりなのだと理解して。炯は嫌そうに溜息をついた。
「わかりましたよ…手伝いだけですからねっ」
「お、ラッキー。ありがたいよ」
「前言撤回して、生徒会選挙出ろとか言わないでくださいよ?」
「今のところはね」
「何ですか、今のところって!」
「じゃあ名簿に炯くんの名前足しとかなきゃな〜」
「そういう嬉しそうな態度、意外とムカつくんですけど!」
 吠える炯の声など聞こえていないのか、書棚からファイルを取り出している一条は、くるくると上機嫌でペンを回している。生徒会名簿、とタイトルの入ったファイル片手に炯の正面へ座り、そうそう、と肘を突いて視線を上げた。
「もう一人って、誰にする?」
「は?」
「だから、もう一人誘うんだろ?俺は炯くんだけでもいいけどね」
「嫌です」
 言いながら、やっと終わりの見えてきたプリントをまた二枚手にとって、炯は小さく首をかしげていた。

 こうなった以上、一条に関わるのは仕方ないとして。もう一人を選ぶというのが、思ったより難しいことに気づく。
 誰でもいいし、誰に言っても断られたりしないと思うけど。一条が言うところの「その他大勢」から一人を選んだことで、相手が「自分は二階堂にとって特別な存在なんだ〜」なんて言い出してしまったら、余計な面倒を抱え込むことになる。しかしそういう勘違いは現状、誰を選んでも起きてしまいそうで。
 そうたとえば、一切炯を受け入れない旭希でもなければ、誰に言っても同じだろう。……と。そこまで考えて、炯はにこりと笑い、顔を上げた。
「高沢くんにします」
 今度は一条の
ほうこそ驚く番だ。
「高沢?って、高沢旭希か?」
「知ってるんですか?」
「そりゃまあ…有名だしな。親しいのか?」
「親しくはないですけど、誘ってみます。高沢くん頭いいし、帰宅部のはずだし」
 それに、炯にとってこれは旭希を知る絶好の機会だから。なによりこの話をすれば、きっと旭希は嫌そうに顔を歪めるだろう。……そんな旭希が見てみたい、なんていうのは、ちょっと悪趣味だろうか。
「先輩は反対?高沢くんじゃダメですか?」
 それならそれで。
 一条が旭希をダメだというなら、自分も生徒会入りはやめておく、と言い出しかねない炯の表情を察して、一条はにやりと笑った
。問題などあるはずがない。面白そうな後輩が倍になるだけだ。
「俺は構わないよ。誘ってみな」
「はいっ」
「…って、あれ。行っちゃうの炯ちゃん」
「誰が炯ちゃんですかっ」
 残りのプリント折りを放棄して立ち上がった炯に、一条は不満そうな顔を見せている。