甘く接吻けて【特集】後編 P:07


 旭希が誰かと一緒になってしまったら、その時点で興味対象外になるものだと思っていたのに。炯の中では、旭希への興味が消える気配など、全然ないのだ。

 旭希と、他の「誰か」はどこが違う?
 それはまだ、炯にもわからない。
 わからないけど、今の炯には旭希以外なんてどうでも良い。自分の目の前でうろたえ、顔を赤くしている同級生のことが、もっと知りたい。
 もっともっと構い倒して、自分のそばから離れなければいい、なんて。思ってしまっている。
 びっくりだ。
 自分が誰かに対して、そんなことを考える日が来るとは思わなかった。

「ついでだから、生徒会のこともいいでしょ?」
「なんだよついでって。カギ返しに行くだけでいいんだろ?!」
「だって。生徒会には一条先輩がいるんだよ?会長だもん」
「それは、そうだろうけど…」
「生徒会なんて、一条先輩の仲間ばっかりなんだよ!僕、危ないんじゃない?!」
 怖がるそぶりの炯は、大げさに自分の両肩を抱きしめている。絶対わざとだ、と。旭希もわかっているのに。ね?なんて自分を信じきった顔で炯に言われたら、反論の言葉が見つからない。
「だ、から…。オレ、人見知りだし、喋んの上手くねーし、役になんか立たねーよ」
「いいよ、僕がフォローするから」
「それじゃ本末転倒だろ。手伝うことにならないじゃないか」
「高沢くんは、いてくれるだけでいいんだもん」
「あのな…」
「え〜…ほんとにダメなの?」
 上目遣いに縋る炯はもう一度、ね?と囁いて旭希の腕を掴んだ。旭希を離すつもりがなくなったのだから、なりふり構っていられない。
 慌てた旭希が炯を振り払い、真っ赤な顔で「わかったから!」と叫ぶ。
「入ってやるから、オレに触るなっ!」
「なんだよ〜。僕、汚くないよ?」
「そうじゃないッッ!」
 汚いとかじゃなくて!と、言い訳する旭希。旭希の動揺を、楽しげに観察している炯。
 同じ歳の少年と話すのが、こんなに楽しいのは初めてだった。学校なんて楽しいと思ったことはないけど、旭希と一緒に過ごすなら、毎日退屈しないかもしれない。
 こんなはずじゃないとブツブツ不満そうな旭希に、いいじゃない、きっと楽しいよ?なんて一方的に嬉しそうな炯は、彼の背中を押して、生徒会室をあとにする。
 一条の鍵を細い指でくるくる回しながら、そのうちピアノも聞かせてもらおうと、こっそり企んで頬を緩めていた。
 
 
 こうして、二階堂炯は一生の親友と、一生のおもちゃを手に入れたのだ。
 満開の桜の下で出会って、三ヶ月と少し。
 炯には旭希が抱えていた熱っぽい感情など、知る由もなかったけど。二人の出会いは、その後十数年を経て形を変える。