――あの頃は、まさかこんな風になるなんてね〜。出会った時から僕しか見てないとかって言ってたけど、旭希はあの時から僕を好きだったのか……
ふふっと笑って旭希の髪を撫でる炯。今はもう手足も伸びて、きれいな顔には眼鏡なんかかけてしまっているけど。傷ついたりズルくなったりして、大人になってしまった心と違い、今でも炯の瞳は甘い色をしている。
熱を出してベッドで眠る旭希の、顔の横に手をついた炯は、そっと唇を重ねた。
――早く、良くなりなよね。
そうしてまた、二人で楽しいことを見つけていこう。
……ぴんぽ〜〜ん……
玄関のほうから聞こえたチャイムの音。思い出から引き戻された炯は、はっとして握っていた携帯電話を開いた。
――っ!……しまった……
懐かしい思い出に浸っていて、連絡を忘れていた。鷹谷のお迎えだ。もうかれこれ、二時間もこうしていたのかと思うと、さすがに自分でも呆れる。
旭希を起こさないよう、そっと傍を離れた炯は、玄関を開けて開口一番「ごめんなさいっ」と叫んでいた。
「?…どうした」
鷹谷が怪訝な表情で立っている。
炯よりも背の高い鷹谷はいつも、極道の素性が簡単に知れる威圧的な存在感と、均整の取れた逞しい身体を、高価なスーツに包んでいるのだが。今はラフなシャツにジーンズという、実年齢よりも少し若く見えるような出で立ちで、炯の前に現れていた。
それは、彼が炯のために予定を空け、休みを取ってくれている証拠。ヤクザとはいえ表向きは社長業をしている鷹谷が、平日に時間を空けてくれたのだ。
炯はさあっと青ざめる。
いつも甘やかされている自覚はあるけど。基本的にこの人は、他人の都合で振り回されたりする立場にいないのだ。
「…旭希がなんか、熱出して寝込んじゃって。今日はそばに付いていてやりたいんです…」
咄嗟のことでろくな言い訳も思いつかず、炯は旭希から固く「鷹谷には言うな、心配されたくない」と言われていたことも忘れて、旭希の不調も自分のワガママも、自ら白状してしまう。
鷹谷と会う約束、けして忘れていたわけじゃない。
旭希が帰ってくるまでは、ちゃんと出掛けるつもりで用意をしていたのだ……が。帰ってきた旭希が体調を崩していたからというよりも、眠りに落ちている旭希のそばで、出会った頃の旭希を思い出していて、うっかり鷹谷への連絡ごと、時間の経過を忘れていた。……約束を忘れていたわけじゃなくて。本当に。
怯えた表情で自分を見上げる炯を見つめ、鷹谷は少しだけ驚いた顔をして、炯の手元を見た。握っている携帯電話は、確かに炯が連絡を入れようとしていた証拠なのだろう。
「お前の携帯は、本当に役立たずだな」
「え?あ…いや。連絡しようと思ってたんですよ、ほんとに。えーっと、二時間くらい前までは」
「何をしていたんだ、二時間」
ふっと笑った鷹谷に、あまり怒っていないと感じたのだろう。炯は首をかしげて鷹谷を見上げ、嬉しそうににこりと微笑んだ。
「旭希に初めて会った頃を思い出してたんです。中学生のとき。入学式で、桜が満開だったんですけどね。ものすごい目で睨まれたんですよ、僕。…でもあの時の旭希、可愛かったな〜って、思って」
その時のことを思い出しているのか、炯は柔らかな表情を浮かべている。ちらりと後ろを振り返った炯は、旭希の眠る寝室の方へ目を遣った。
「…あの時から、僕も旭希に恋してたのかなあ…って、思ったんですよね…」
桜の下で旭希を見つけた日の情景も、旭希だけが欲しいと思った日の気持ちも、鮮明な記憶として焼きついている。もしかしたら自分だって、旭希と同じように彼を見つけたときから、気持ちを奪われていたのかもしれない。
幼くて鈍感で、随分と遠回りをしてしまったものだ。すっかり二人は大人になってしまった。
……こういうことを、わざわざ迎えに来てくれた鷹谷に言ってしまうところが、炯の炯たるゆえんなのだろう。
鷹谷は苦笑いを浮かべて、炯の腕を掴み引き寄せる。
「鷹谷さん?」
「そんなことだろうと、思ったがな」
「そんなこと?」
「旭希さんのそばで、ぼーっと思い出に浸っていたんだろう?お前が人の看病で、役に立つとは思えない」
何を根拠に、と。反論しかかった炯の唇を、鷹谷が塞いだ。無遠慮な舌が炯の口腔を舐め回し、歯列をたどっている。大きな手がゆっくりと身体を這うと、快楽に慣らされた身体はしだいに熱を上げて。