甘く接吻けて【特集】後編 P:09


「ん…ふ、ぁ…」
 炯は無意識に鷹谷の背中へ手を回す。広く逞しい背中に、甘えるようなしぐさで爪を立てる。
 玄関の壁に身体を押し付けられた炯が、ものたりなさそうにゆっくりと膝を上げ、鷹谷の足に擦り寄ったところで、鷹谷は細い身体を離してやった。
「や、あ…っ」
 力の抜けてしまった炯が、ずるずると崩れていく。少し上半身を屈めた鷹谷は満足そうな笑みを浮かべ、指先で炯の唇を拭った。
「病人の邪魔はするなよ?」
「…帰るんですか?」
「いて欲しいのか?」
「だって……」
 旭希がいるのはわかっているし、今日の予定をキャンセルしたのは自分の方だとわかっているけど。でも、じゃあ。このまま?ここまでしておいて、放っていくなんて。
「…酷いです…」
 うっすら涙を浮かべている炯に、鷹谷は意地悪な笑顔を見せた。
「知っている」
 物足りなさそうに、拗ねた顔をしている炯の頭を撫でた鷹谷は、それ以上何も言わずに背を向けた。自分との約束を反故にするのだから、これくらいの意趣返しは当然だろうと。

 へたりとその場に座り込んだまま、炯は閉まったドアをぼうっと見つめていた。火をつけられ、放り出された身体は少し震えて、行き場を失い逞しい指先を探している。
 いつも撫で付けられている鷹谷の髪。今日は整髪剤もつけずにゆったりと流されていた。ああして前髪が少し目元にかかっていると、鷹谷の野性的な魅力はいっそう艶めいて見える。
「そういえば鷹谷さんに恋したのは、いつからだったっけ…」
 最初は怖いばかりだった鷹谷が、かけがえのない人になっていったのは、何がきっかけだった?
 意地悪な鷹谷の思惑通り、炯の思考から少しずつ旭希が閉め出されてしまう。今ここにいた鷹谷が、まだ肌に触れているような熱さ。
 目を潤ませ、そっと自分の唇に触れた。
 さっきまで旭希との思い出が心を占めていたのに、今度は鷹谷のことばかりが炯を占領している。旭希に時間を奪われた鷹谷の、子供っぽい仕返し。独占欲が強いのは、旭希ばかりじゃない。
 何度何度も甘い唇を舐め、炯は熱の冷めない身体を抱きしめた。


【了】