佐久間組長との出会いや、それ以前に生家を飛び出したことも知っているが。鷹谷慎二の根幹を揺るがす熱い衝動は、本当にこれが初めてだと?
いや、しかし。
ここまで彼が劇的に変わったのなら、やはり初めてだと考えるのが妥当だ。
とはいえ、社長の歳で初めてとか。
そんなこと、ありえるのか?
「…初恋か…」
ため息をつくような社長の呟きに、私は飛び上がりそうなくらい驚いた。
「な、んの…話ですか」
まさか考えを読まれているなんてことは、ないと思うのだが。くるりとこちらを向いた社長の顔を見て、自分の考えを読まれたわけではないと察し、ほっと息をつく。
「いや、炯がそんな話をな。旭希さんに惚れられたのは、中学の入学式だったそうだ」
「…へえ」
「確かに私が初めて会った頃の、まだ中学生だった旭希さんは、可笑しいくらいに炯の話ばかりしていたな」
そこまでは考えられるのに。
どうしてあなたは自分の気持ちに気づかないんだ……。
ふと社長は、覗き込むように私を見つめた。
「何か?」
「お前はどうだ」
「……は?」
なんでそこで、私なんだとも思うが。言われて思い返し、私自身も中学生だったような?と曖昧な返答をする。
私の答えに珍しく興味を持ったらしい社長が「どうだったんだ」と聞いてきた。
なんだろう、この人。
こんな、修学旅行の夜くらいしか盛り上がらないネタに、いまさら興味があるのか?
私は社長の問いをはぐらかし、「社長はどうなんです」と、何気ないフリを装って聞いてみる。
途端に彼は、困惑した表情になった。
そうそう、そうですよ。
そうやって、考えてください。
「…女を知ったのは、十三だったな」
じゅ、じゅうさんって!?
いやそれより。
「社長…それは初恋とは言わないんじゃないですか?」
「そうか?」
「男なんですから、勃てば気持ちなんか伴わなくても、出来るでしょう?初恋ってそういうものじゃないと思いますが」
「…………」
社長は困惑しきった顔で、虚ろな視線を天井へ投げている。
仕事が差し迫っていることも、外出の予定時間が近いのも事実なのだが、こんな面白い瞬間に立ち会えるなら、瑣末なことに構ってはいられない。
さっさと気づけと思う私を見て、まだ悩んでいるらしい社長は「なら、どんなものなんだ」と言い出した。
こ、この人……本当に。
「だから。想う相手のことで一杯になって、何も手につかなくなったりとか。暇さえあればその人のことを考えてしまったりとか。…自分でも無様なくらい、相手に執着したりするんじゃないですか?」
目の前にいる、十以上も歳の離れた男に教えることではないと思うのに。
私は社長が、自分の気持ちに名前をつける瞬間に立ち会いたいあまり、必要以上にベラベラ喋ってしまっていた。
社長がにやりと笑う。
いつもの、意地の悪い表情で。
「お前にもそんな時代があったんだな」
「そ…れはっ…いや、その…まあ。それなりに」
からかう視線にわずかばかりムッとして、私は意趣返しに、何食わぬ表情で「そういえば」と呟いた。
「二階堂さん」
「っ!」
ぎくっと動揺した、社長の顔。
「…自身の、初恋って。いつなんでしょうね?…どうしました、社長?」
「……。いや」
さっと目をそらしてしまう。
本当に、なんというか。関東の極道には鬼と恐れられる人だというのに。
――可愛い人だ。
湧き上がったのは、あまりにも社長と似つかわしくない言葉。誰より私が驚いた。
可愛い?!鷹谷慎二が?!
一体誰がそんな、突拍子もないことを言い出すのかと。自分で自分の思考が理解出来ない私と、何事かに思い至って驚いているらしい社長は、思わず目が合って互いに動揺した。
「…………。」
「…………。」
しばし、沈黙が落ちる。