「で、では社長。そちらの書類にサインが済み次第、こちらにも目を通してください」
「ああ。…わかった」
慌てて社長室を出て行こうとしていた私は、寸前で「橘」と呼び止められてしまった。
「…なんでしょう」
いやいやながら、振り返る。
社長は、手にした書類から顔を上げなかった。
「…誰にも言うなよ」
視線さえ上げずに、呟かれた言葉。驚く私の前で、社長は面白がるように、口元を吊り上げて笑っていた。
鷹谷慎二には、とてつもなく意外な弱みがあるが。それを知っているのは、当人と私だけだ。
【了】