自分で言った通り、旭希に口出しできるような言葉など何一つないのに。何を言おうとしている?
「だって、祝福して欲しいんだもん」
ぽつりと呟いた炯の声。
旭希は着ていたTシャツを、破ってしまいそうなほど握り締めた。
「…親より誰より、旭希にオメデトウって言って欲しかったんだもん…だから真っ先にここへ来たんだよ…。旭希のピアノに包まれて、翔子さんの手をとったら、誰より幸せな気持ちでカミサマに誓えると思うから…」
……なんて残酷な、ワガママだろう。
炯は旭希の気持ちなど知らない。
旭希を親友だと思っている炯にとって、その科白はどこも不思議なものじゃなかっただろう。旭希だって、同じ気持ちでいたはずだ。笑って祝福できると信じていた。
やめろと叫ぶ声さえ聞こえなかった。
間違っているということは、脳を掠めることさえ出来ずに砕け散った。
手を伸ばして炯の細い腕を掴み、思いっきり引き寄せた旭希は強く彼の身体をかき抱いていた。直接冷たい風に晒されていたのか、ひやりと心地いい身体は、唐突な暴挙に怯えて震えていた。
「旭希っ?!」
この声を。この身体を。
永遠に誰かの元へ差し出せというのか?
出来ない。出来るはずがない!
旭希は炯を押し倒して、着ているシャツを引き裂いた。目の前に現れた白い身体。同い年とは到底信じられないほど、華奢な肢体。理性は傲慢な独占欲に追いやられてしまう。このまま抱いて、抑え続けた熱で彼を貫いて、自分の味わっている痛みを彼にも強要してやりたかった。
――何もかも壊れてしまえばいい。
全てを壊して、炯の心に消えない傷を刻んでやりたい。大きすぎる旭希の欲望で、炯がぐちゃぐちゃに陵辱されたら、きっと苦しみ続けた時間は癒される。
旭希は炯を押さえつける。片手でそっと、彼の肌を辿る。どくどく血が流れているのがわかって。
もう、止めることを考えることすら、出来なくなって。
でも、そっと。
差し伸べられた白い指先が、強張った頬に触れた。
「…っ!」
「旭希…どうした?」
首を振るのに、炯の穏やかな声はけしてひるまなかった。
「なんか、あったか?…何がそんなに君を傷つけてるの。僕に出来ることがある?なあ、旭希?」
自分がこれからどんな酷いことをされるかも、知らずに。炯は眉を寄せ、辛そうに旭希を見上げて言う。
何かしてくれるというなら、このまま足を開いて自分を受け入れろと。叫ぶ声は喉の奥に引っかかって出てこなかった。
炯の繊細な指先が濡れている。
旭希はやっと、自分が泣いていることに気づいた。
「泣いてもいいよ。…ごめんね、浮かれてて。僕がいるよ旭希…きっと守るから。弱音吐いたって、いいんだよ」
炯の指先は、旭希の頬を辿って耳に触れ、そのまま首の後ろへ回る。引き寄せられるまま炯に体重を預けた旭希は、きつく目を閉じた。
溢れて、止まらない。
あとからあとから溢れてくる涙は、炯の肌に触れてやけに透明なカタチをつくる。
覚えている。
炯を愛しいと思った時。
旭希の苛立ちや苦悩を、ぜんぶぜんぶ吸い上げて、かわりに泣いてくれた。優しい視線で世界を見つめ、旭希に風の色を教えてくれた。
何も言わずに、ずっとそばに居てくれた。
泣けないときは、かわりに泣いて。泣いている旭希のそばでは、ずっと手を握っていてくれた。
炯に縋りつく。
あまりにきれいな存在を抱きしめて、旭希は自分の醜さを思い知らされる。
「なんで、オレだけ…っ!」
「…うん」
「傷つけよ!お前も傷ついて、苦しめばいいんだ!」
一緒に歩いてきたのに。旭希だって、炯の幸せを願ってやまなかったのに。
どうして自分だけ、こんなにも醜く歪んでしまったのか。そばに居るだけで、愚かさを突きつけられ悲鳴を上げなければならない。
旭希の肩を撫でる炯は、ゆっくり背中をさする。
「いいよ」
「…っ!ケイ!」
「傷つければいいよ。旭希が楽になるなら、僕なんかいくらでも傷つけてしまえばいい」
ならこのまま抱いても?お前は同じことを言えるのか?欲望に引き裂かれ、身も心もズタズタにされて、それでも同じように笑っていられるのかと。旭希の闇色をした残酷さが、声にならない哄笑を上げる。