不安そうに見守ってくれている桜太を見て、目つきの鋭い圭吾を見て。時雨はゆっくり頷き了承した。
約束する、と圭吾に誓った。
我がままに付き合わせてきた相手にはきちんと話を通し、仕事を見つけ働いて、己の身を立て桜太を迎えると。
必ず桜太の恥にならぬよう、今までの適当な生き方を改める。
真摯な時雨の言葉に頷いた圭吾は、ふと思い立って桜太と時雨を睨んだ。
――時雨…お前さっき、最後まではしてねえとか言ってたな?
太刀を片手に圭吾から追い掛け回された時雨は、確かに先刻、最後まではしていない、と言い訳をしていた。
圭吾が乗り込んでくる前の夜、初めて肌を重ね、睦みあったのは事実なのだが。まだ幼い桜太の身体に、無体を強いる覚悟が出来なくて。
桜太に「して欲しい」と乞われたものの、ゆっくり覚えていけばいいから、と宥めた時雨は、身体を繋がなかったのだ。
改めて確認され、時雨は頬を掻く。
――まあ…そうなんだけどね。
ははは、と。時雨と桜太が視線を絡ませて、照れくさそうにしていたりするから。圭吾の視線は、ますます剣呑な光を帯びていく。
そうして、不穏な視線はそのままに。圭吾は口元を吊り上げ、嫌味な笑いを浮かべた。
――ちょうどいい。てめえが約束果たすまで、それも保留にしとけ。
――えええっっ!!!
不満の声を上げたのは、桜太だった。
その過剰な反応に、少し驚いた顔をした圭吾だが、すぐ不機嫌を露にして桜太に厳しい目を向けた。しかし己に何一つやましいところのない桜太は、まっすぐ見つめ返してくる。
――なんでそんなことまで、兄ちゃんが決めるの!
町へ出すまで、何かといえば兄ちゃん兄ちゃんと後を追ってきた桜太。村の誰より働き者で、いつも圭吾を頼っていた桜太。
片腕にすっぽり収まる頃から面倒を見てきた桜太に、人の恋愛事情まで口を挟むなと、そう言われたような気がして。
……圭吾は拗ねた。
それはもう、傍らに控えていた朔どころか、経緯を見守っていた弥空までが苦笑いを浮かべるくらい。
とてつもなくわかりやすい顔で、子供のように。
圭吾は拗ねてしまったのだ。
――ぜってえ許さねえ。
――兄ちゃんには関係ないでしょ!
――嫌だね。約束しねえなら、お前は村へ連れて帰る。
――兄ちゃんだって朔としてるのに!
――俺は俺。お前はお前。
――どうして駄目なの?!
――駄目だなんて言ってないだろ。
――じゃあっ
――俺は嫌だって言ったんだ。
子供のような問答を繰り返す圭吾は、頑として桜太の言い分を聞き入れようとしない。信じられない、と呆れる桜太を、朔が引き寄せた。
――朔……
――約束してしまいなさい、桜太。
――だって!
――ああなったら、絶対に聞きませんよあの人は。
ため息。
私より桜太の方が知っているでしょう?と囁かれ、桜太もため息をついた。
確かに圭吾がああして、理屈も屁理屈もなく勝手を言い出したらもう、誰がなんと言おうと聞きはしないのだ。
桜太は渋々といった顔で「わかった」と言った。
しかし心の中で、自分は「わかった」と言ったのであって「約束する」とは言ってない。なんていう屁理屈を捏ねていたりするあたり、間違いなく桜太は圭吾の息子だと言えるかもしれない。
そんな経緯があって、二人はまだ身体を繋ぐことも、一緒に住むことさえ出来ないでいる。
時雨は安い裏長屋を借り、方々回って言い訳をしたり頭を下げる毎日。
仕事のことも考えているのだが、近江屋の婿が他所で仕事をしているなんていう、世間体の悪いことを出来るはずもなく。かといって、反時雨の多い近江屋に戻ることも出来ないので、これに関しては義父と弥空が何事か考えてくれているらしい。
時雨の住んでいる長屋で会うことさえ、圭吾が駄目だと釘を刺したので、二人が会うのはいつもこの相模屋だ。
そっと肩を引き寄せられ、時雨を見上げた桜太はゆっくり目を閉じた。
すこし乾いた時雨の唇が落ちてきて、桜太は柔らかな唇を薄く開く。まだわずかに震えてしまう唇を、時雨の舌に濡らされて。口の中を舐められると、最後まではしないまでも、それなりに慣らされている身体が、ぞくりと熱を上げた。
下唇をちゅと吸われ、桜太は目を開ける。優しく見つめてくれる深い色の瞳に、微笑を返して。その顔を見た時雨は、ふっと表情を和らげた。
「…なんだか、嬉しそうだね桜太」
囁きながら身体を少し離した時雨に、物足りない表情になった桜太は、でもすぐに微笑んで、顔を上げる。
「わかる?」
「ああ。いいことでも、あったかい?」
「うん。…聞いて、くれる?」
「もちろん。聞かせてくれるのかい」