「そうだよ。…どうだい、もう止めたいかい?」
「…わから、ない…」
「どきどきする?」
「うん…」
時雨の手が桜太の胸元から滑り込んだ。小さな突起に指の先が当たると、幼い身体はひくっと震えてしまう。
「ああ、本当だ。震えてるね」
「時雨…」
「なんだい?怖い?」
「…ううん、怖くない」
「いい子だね、桜太」
指先を桜太の顎に添えた時雨は、少し上を向かせてもう一度唇を重ねた。舌先を少しだけ、桜太の小さな口の中へ差し入れる。
肌に触れる、時雨の髭のざらざらちくちくした乾いた感触と、口腔を侵しているもっと、ぬめぬめ生々しい感触。
経験のない感覚に驚いて、桜太は掴まっていた時雨の着物を握り締めた。
「っ、ふ…ん」
甘い小さな声。拒絶するような、もっととせがむような桜太に、時雨の舌先が口の中をくすぐる。力を入れたら壊れてしまいそうな肩が、耐え切れずに大きく震えた。
「ん、ふ…っ!やっ」
思わず零れた声に、時雨はすぐ唇を離したけど。嫌がったはずの桜太は、自分の声に驚いて首を振った。
「ちがっ…やじゃ、ないっ」
「桜太」
「違うの、ちが…っふ」
「わかったよ。ほら桜太、わかってるから」
くすくす笑う時雨の指先が、涙ぐむ桜太の目元を拭ってくれる。ぽんぽんと背中を叩いて「落ち着きな」と囁く時雨は、胸の中に桜太を抱きしめた。
――しまったねえ…
……圭吾にばれたら、殺されるかもしれない。
ちょっと行き過ぎてしまった悪戯に、時雨は苦笑いを浮かべ、涙で濡れていく桜太の頬に優しく口付けてやった。
「っ…ふえ」
「怖がらせちまったねえ…悪かったよ」
髪を撫でてくれる優しい手。桜太は首を振る。
朔のことを相談したのは自分で、時雨は震える理由を教えてくれただけだから、と。穢れのない心は、懸命に時雨の行為を飲み込もうとしていた。
顔を上げた桜太が、なんとかして笑おうとしているのに気づき、時雨は眉を寄せて桜太の頬を撫でる。
「そんな顔、するんじゃないよ」
「時雨…」
「何でもかんでも、自分の所為にするんじゃないって。桜太は何にも悪いこと、してないでしょうが?泣きたかったら泣いていいんだから。笑えないときまで笑うこたあないよ」
我慢しなくていいと囁く時雨の言葉に甘え、桜太はくしゃりと顔を歪めて彼の胸に縋りついた。
震える肩を何度も撫でながら、時雨は桜太が落ち着くのを、ずっと待っていてくれる。
何も言わず、ただ黙って。
でも大きな手がずっと、桜太と繋がっていた。時雨の胸に押し付けた桜太の額に、緩やかな鼓動が伝わってくる。
しゃくりあげる声が、少しずつ小さくなって。やがて静かになった。
「驚かせちまったねえ」
「…うん」
「桜太にゃちっと早かったかね?もうあたしのことは嫌いになったかい」
「ううん、嫌いじゃない」
時雨の胸から自分で離れ、俯いたまま涙を拭った桜太は、顔を上げてにこりと笑った。無理のない笑みにほっとして、時雨の方も頬を緩める。
「大丈夫かい」
「もう、大丈夫」
「それは良かった。しかし、なんだね…桜太を泣かせたことがばれたら、怒るだろうねえ圭さん…」
ため息をつく時雨の腕の中。桜太は驚いた顔で、目をぱちぱちさせている。
「兄ちゃん、怒るかな?」
「怒るでしょうよ。あんなに桜太のこと、大事にしてんだから。…そりゃまあ、お前さんのことは怒らないだろうけど、あたしのことはねえ…怒るだろうなあ」
――何より朔のことがあるしねえ…
嫉妬深い圭吾のこと。朔と自分の終わった関係にまであんなにも妬いて見せるくらいなのだ。この上、可愛い桜太にまで手を出したことがばれたら、命が危ないかもしれない。
まあ、命までは冗談だとしても、骨の一本や二本は覚悟した方が良さそうだ。
「参ったねえ…」
時雨の暗い呟きに、桜太は神妙な面持ちをしている。時雨は一生懸命考えている様子の桜太を見つめ、何事か思いついて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「困ったね?」
「うん」
「…じゃあねえ…桜太とあたし。二人だけの秘密にしておこうか?」
とてつもなく都合のいいことを言い出した、ずるい大人。