あまり可愛がって欲しいとかなんとか、言わないでもらいたい。
この幼い口から零れると、大したことのない言葉でもなんだか、いっそう艶かしくいけないことのように聞こえるのだから。…始末に負えない。
早く話題を変えてしまおうとでも言うように、朔は饒舌になっていく。
「…私は圭吾のことも桜太のことも大切ですけど、二人を大切だと思う気持ちは全然違うんです」
「…兄ちゃんが一番で、ぼくが二番っていうことでしょう?」
ほんの少し、寂しそうな声。朔は慌てて否定した。
「そうじゃありませんよ。私には、圭吾も桜太も一番です」
「どっちも?」
「ええ」
「…よく、わからない…」
「そうですね。説明するのはすごく難しいんですけど。桜太もきっと、そういう人に出会えたら、わかりますよ」
朔がそうだったように。
あんなに憎んだ圭吾を、どうしても欲しいと思ったように。
「私は桜太と一緒にいると、心があったかくなって安心するんです。でも圭吾と一緒にいると…」
朔が思い描く、圭吾の姿。
力強くて、我がままで。
でも懐が深くて、一途な人。
あのきつい目で見据えられると、世界が色を失って、圭吾しか見えなくなってしまう。
「…息苦しく、なるんです」
ふうっと息をつく朔を感じて、桜太のほうは息を詰める。
思い当たることなら、いくつでも。
確かに少年は、時雨のそばにいると息苦しくて、呼吸を忘れてしまうくらいなのだ。
「胸が震えて、息苦しいんですよ…」
「嫌じゃ、ない?」
「嫌じゃないです」
「どうして?」
「そうですね…。そう、圭吾が私を強くしてくれると、わかっているからかもしれません」
桜太はちらりと朔を振り返った。
きっと、圭吾のことを想っているのだろう。ぼうっと視線をさ迷わせている朔の姿は、誰より綺麗に見える。
「ねえ桜太。息苦しくさせるような人に会うと、今まで大切だった人たちのそばを離れていられるくらい、強くなるんですよ」
「…………」
「誰に何を言われても、その人の傍にいたいと思う気持ちを、止められなくなるんです。どんなに酷いことをされても、その人だと思うと許せてしまう。…そうして人は、強くなるんですね」
ほわほわと、浮かされたように語る朔を見つめて。桜太は何度かまばたきをする。
朔の話は曖昧だったけど、その中のいくつかの言葉は、まだ形を取れないでいた桜太の気持ちに、姿を与えてくれたように思った。
「…重ねた唇が熱かったら、その人も自分を想ってくれている証拠になるでしょう?そんな人と一緒にいたいと思う気持ちは、なによりもかけがえのないものなんですよ…」
「朔…」
「可愛がって欲しいとか、何かをしてもらいたいとか…そんなもの、どうだっていいんです…。ただ彼のそばにいて、彼を恋しいと思っていられるだけで…何もいらなくなってしまう…」
熱っぽい告白を続ける、きれいな形の口元。
じっと見つめる桜太は、朔の言葉に耳を傾けながら、己の小さな唇に触れていた。
……いまさらな様だが。
朔はどちらかというと天然で、一つのことに心が傾くと、他が見えなくなってしまうというような、困ったところのある人物だ。
今もそう。
膝の上に桜太を座らせて話しているくせに、まるでひとり言を紡いでいるかのように、その表情はとろりとしてしまっている。
もし桜太と話しているのが圭吾だったら、少年の変化に気づいただろう。懸命に何かを考えている姿。
朔が思い出を辿るかのように語って聞かせた、圭吾への熱い想い。
それを聞いて、桜太がどんな答えを見つけてしまったのか。
朔と圭吾が知ったのは、あくる日のことだった。
話はあまりに唐突で、驚いたのは圭吾だけじゃない。
まさか自分の話から、そんな答えに行き着いたとは思っていない朔も、圭吾の隣で驚いた顔をしている。
「ちょ…待て桜太。お前なに言ってんだ?自分の言ってることがわかってんのか?」
落ち着けよ、と圭吾は声をかけるが、二人を前にして襟を正し、手をついている桜太は、言われなくても落ち着き払っていた。
慌てているのは、大人たちの方だ。