「一人でやってく覚悟があるってのか?」
「はいっ!」
元気なお返事は大変結構なことだが、圭吾はやっぱり眉を顰めてしまう。傍らの朔が、二人の様子をおろおろしながら見つめていた。
圭吾は常日頃から桜太に「お前には足があるんだから、行きたいところがあるなら行けばいい」と話している。
それは自分という存在に桜太を縛るつもりはない、という。圭吾なりの教育で、桜太の自立を促すものでもあった。
誰かを好きになり、大人びた顔をして、想いを行動に繋ぎたいと訴える桜太。少年の成長は、喜ばしいことだと思うのだ。
だがしかし。
巣立ちにしては、あまりにも早すぎはしないだろうか?
もとより甘えることの少ない桜太だが、もう少しぐらい自分の手元でのびのびしていても罰はあたるまい。
それこそ今では朔もいるのだから、家事でもなんでも、背負っているものを少し降ろして、子供らしく遊ぶことに夢中になっても構わないはずだ。
実際、圭吾と朔はそうしてやりたくて、何度か話し合っている。
難しい顔をして押し黙った圭吾の前で、桜太の視線はけして怯まない。
強い意志を感じて、圭吾は自分の方こそ甘えているような気分になってきた。
「…どうしても町へ行きてえのか」
「はい」
「しかしお前な。町へ行ってどうするよ?住むったって、思うだけでどうにかなるようなもんじゃねえぞ」
未練がましく聞こえるかもしれないが、本当のことだ。
圭吾の言葉に、桜太が少し頬を強張らせたとき。がらりと戸が開いて、のんびりした声が割って入った。
「いいんじゃないの。行かせてやれば?」
ひょっこり顔を出した人。
彼の姿を見て、桜太が目を見開いた。
「時雨…!」
嬉しそうに彼の名を呼ぶ桜太の言葉を聞き、圭吾はいっそう渋い顔になる。
「時雨、だと?」
「いいのいいの、あたしがそう呼びなって言ったんだ」
「なに勝手なことしてんだ、てめえは」
「あれ。細けえ男だねえ…いいじゃないか。あたしゃそうでなきゃ、おじさん扱いだったんだよ?」
「十分おじさんだろうが?つーか、いきなり現れて話に口挟むんじゃねえ」
むすっとした圭吾の視線に肩を竦め、時雨は傍らの桜太に笑いかける。
どこから話を聞いていたのか知らないが、現れた味方に桜太はいくぶんほっとした様子。
しかし時雨は本当のところ、少年が秘密を守っているのかどうか、確かめに来ただけだった。聞いていたのも、町へ行きたいというくだりだけ。
もし桜太が時雨の所業を話していたら、圭吾は夜中だって構わず、町まで怒鳴り込みに来ただろう。だから秘密が守られていることはわかっていたのだが……さすがにやりすぎた感があったのを、自覚していたので。
様子見に来た時雨は、見当違いのことで揉めているのを耳にして、差し出がましく口を挟む気になったのだ。
「構やしないじゃないか。桜太がこんな、正面切って頼んでんだ。反対する理由があるのかい?」
ねえ?と。手を伸ばし、桜太の髪を撫でる。相変わらず手触りのいい髪だ。
二度しか会ってはいないが、桜太が聞き分けのいい子供だということは、時雨にもわかっている。その桜太が、こうして圭吾に頼んでいるのだ。
昨日した悪戯の詫びに、少年の味方になってろうと決めて、時雨は笑みを浮かべた。頼もしい存在の出現に、桜太も笑みを浮かべている。
なんだかわかり合った様子で微笑みあう二人に、圭吾はますます不機嫌な顔になっていった。
「無責任なこと言うんじゃねえよ、時雨。そもそも桜太一人を町へやって、住まいはどうすんだ。生活だって子供一人じゃ立ち行かねえだろうが?」
「お前さんが仕送りでもしてやりゃあいいんじゃない?」
「そんなもんに、意味なんかねえだろ。一人立ちってのは、てめえの面倒をてめえで見られる奴が使う言葉だ」
「頑固だねえ、圭さんは」
ため息をつく時雨に、ふんっとそっぽを向き、圭吾は桜太を見つめる。
「三日や五日でいいなら、一緒に行ってやるぞ桜太」
「兄ちゃん…」
そういうことじゃないのだと、桜太は困った顔になる。このままでは圭吾に押し切られてしまいそうだ。
どうやって暮らしていくんだとまで言われたら、桜太にも返す言葉がない。町へは何度か連れて行ってもらったことがあるが、一人立ちできるほど詳しくは知らないのも事実。