【明日への約束D】 P:04


 素晴らしく綺麗な顔をしているが、どうにもどこか冷たくて、安っぽい感じがした。
「ほぉんとに時雨様じゃないか。とんとお越しにならないから、どっかでくたばっちまったのかと思ってたよ」
 にやりと笑う顔が、綺麗な顔だちのなかに下品な印象を植え付ける。
 先の少年がにこりと笑ってくれたのに対して、こちらの少年は桜太を一瞥すると、まるでその存在など見えていないかのように目をそらせた。
「葉霧…」
「なんだい、こんな餓鬼つれてさ。出合い茶屋かなんかと、勘違いしてんじゃないの?」
 時雨の隣に座り、しな垂れかかって。媚を売る姿は、とてもじゃないが見ていて微笑ましいものではない。
 怯えたように見つめている桜太の視線に気づくと、葉霧はきっと睨みつけてきた。
「なに見てんだい」
「葉霧、やめなさい」
 食って掛かろうとした葉霧は、時雨に咎められて口を尖らせる。
「だってさあ…なんなの、この子」
「…別に」
「別にじゃないでしょうよ」
「預かってるだけだよ。…ただのお荷物さ」
 低い不機嫌な声。桜太の瞳から、堪えきれなかった涙が溢れた。
「時雨…」
「あれまあ、お荷物じゃあしょうがないねえ。あはは〜、珍しくあたしを呼んだりするから、変わった遊びでも覚えたのかと思うじゃないか」
「相変わらずだね、お前さんは」
 口元を歪める時雨は、この少年を気に入っているわけではない。
 きれいなのは顔だけで、気の強い、意地の悪い、金のためならどんな悪戯も厭わない葉霧。同じように働いている陰間たちの足を引っ張って、客に法外な小遣いをせびる。葉霧の方はどういうわけか時雨を気に入っているようだが、時雨は今夜まで一度も、自分からこの少年を呼んだことはなかった。
「どこで拾って来たんだか…びーびー泣いてんじゃないよ、鬱陶しい」
「葉霧さん、やめてあげなよ…怪我してるんだから」
 そっと襖を開けて、案内を言いつけられていた少年が再び現れる。彼は水の入った桶を桜太のそばに置いて、優しく腕を取ってくれた。

 心配そうにしている少年と、黙って腕を預ける桜太の姿が、馴れ合うように見えて、葉霧は癇癪を起こした。
 彼はこういう馴れ合いが一番嫌いだ。陰間茶屋にあるものなんて、客と金と色。それだけでいいはずなのだから。

 葉霧が眦をつり上げると、きれいな顔がまるで般若のようになる。
「愚図が口挟むんじゃないよっ!」
「でも…っ」
「煩いねっ!なんだってんだい、あんたたちは!おままごとがしたいんなら他所へ行きなよっ!」
 甲高い声で叫ぶと、葉霧は拗ねた顔で時雨の襟から手を差し入れる。
「ねえ…時雨様?あんただって、そうさ。何しに来たんだい?あたしを呼んだんだろう?…ここがどういう所か、承知してんじゃないか…」
 胸元を弄る葉霧の手を、時雨のやけに冷たい手が引き離した。
「おいで、葉霧」
 時雨は桜太の方を見もせず立ち上がる。奥の間へ消えていく後姿を、素早く追った葉霧は、ちらりと桜太を見下ろして、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はあい」
 二人が奥の間に消え、ぴたりと襖が閉められて。
 ……下を向いた桜太は、溢れた涙が着物を濡らせていくのを、何も言えずに見ていた。
「…痛い?」
 少年に問われ、首を振る。
 丁寧に傷口を拭い、膏薬を塗った布をあててくれた少年は、時雨の消えた襖と桜太を見比べ、哀れむようにため息をついた。
「あまり深くは切れていないようだから、すぐに治るよ」
「…うん」
「あの…ねえ、なんだったらあたしらの部屋へ来るかい?狭くて汚い部屋だけどさ。ここにいるよりはましかもしれないよ?」
 縋るように時雨を見ていた桜太を、少年は気遣って言ってくれる。しかし桜太は、黙って首を振った。

 時雨を怒らせてしまった。
 叩かれるくらい、怒らせたのだ。
 今の桜太には、何をすることも出来ないけど。それでもやっぱり、少しでも近いところにいたくて。

 傷に布を巻いてやった少年は、頑なな様子の桜太に、仕方なく肩を竦ませた。
「じゃあ、あたしはお客様がいるから、行くけど。…ねえ、邪魔しちゃ駄目だよ?葉霧さんは、きれいな人だけど…そりゃあ怖い人なんだから…」
 声をひそめ、少年はちらりと襖に目をやった。葉霧の機嫌を損ねたらどんな目にあうか、身をもって知っている。本当はこんな、何にも知らないような子、置いて行きたくはないのだけど。

 ――いったい時雨様は、どうなすったんだろう…

 泣いている桜太は、別にここへ売られてきたというわけでもなさそうなのに。
 どうにも様子のおかしい、時雨の行動。