【明日への約束D】 P:05


 いつもの時雨なら、笑顔で店へ来て、労わる様に自分たちを抱いてくれる。曖昧な態度はつれないけど、優しい人だ。
 それがこんな、幼い少年を置き去りにして、しかも葉霧を呼んだなんて。
 葉霧が時雨に惚れているのは、この茶屋にいる者なら誰でも知っていることだけど。どの少年にも優しい時雨なのに、葉霧にはいつも、少しだけ冷たかった。
 ……まあ、わからなくもない。葉霧の評判の悪さは、店の者だけに飽き足らず、客にもこの色町全体にも響いているのだから。
 しかし葉霧のきれいな顔に、客足が途絶えないのも事実で、店が手離さないから余計に彼を増長させるのだ。

「本当にねえ…黙ってれば、きれいな人なんだけど」
 溜息をつくような少年の言葉に、桜太は顔を上げた。
 同意することは、しなかったけど。自分を心配してくれている少年を見つめ、少しだけ笑う。
「手当てしてくれて、ありがとう」
 素直な言葉を向けられ、少年は目をぱちぱちさせた。こんな商売をしていると、人から感謝されることなどめったにないから。
「……。どういたしまして」
「ぼく、大丈夫だから」
「そう?」
「うん」
「じゃあ…、あの。部屋からも、出ない方がいいよ。ここのお客様は、君みたいな子に興味を持つ人、少なくないから。ね?」
「はい」
 少年は名残惜しく気遣うように、何度も振り返りながら、持ってきた桶を持って、静かに部屋を出て行った。
 音のない部屋。
 じっと膝を抱える桜太には、隣で睦みあう声が、まるですぐそばのことのように聞こえている。
 
 
 
 はしたないくらい素早く、自分で着物を脱ぎ捨てた葉霧は、時雨の足の間に顔を埋めた。男の萎えたものに舌を這わせ、いやらしく笑うと、じゅぶじゅぶ音をさせてしゃぶり始める。
 無表情なままの時雨だが、しばらくもすれば身体だけは刺激に反応して、勃ち上がった。
 それを見た葉霧が、舌なめずりをして逞しい男の身体を押し倒し、乗り上がる。
 卑しい笑みは、高慢な彼の性格を現していた。
 ちらりと隣の間に投げた視線が、桜太を嘲笑う。
「酷いこと、するよね」
「…………」
 葉霧の言葉に、時雨はちらりと視線を上げた。
「あの子、あなたのこと好きなんでしょう?まだ隣にいるんじゃないの?」
「うるさいよ、お前さん」
 時雨の低い声に葉霧は肩を竦め、ますます笑った。
「なあに?聞かせるつもりなんじゃないの?なんだったら連れてきて、そばで見せてやればいいのに。襖、開けてこようか?」
 ふざけて言う葉霧を、時雨が下から睨みつけた。
「うるさいって言ってんだよ。喋るのがお前さんの仕事かい?とっとと勤めを果たしな」
 のらりくらりとした、いつもの時雨からは想像も出来ないような冷たい声。葉霧はむうっと膨れた顔になる。
 腰を支える手の一つも、貸してはくれないくせに。
 居丈高に言われた葉霧は、慣れた様子で時雨のものを己の奥にあてがい、そっと逞しい男の身体に手をついた。
「そりゃまあ、あたしはこれが、仕事だからね…んっぁ、ああっ!」
 白い肌が、ふわりと染まる。気持ちよさげに喉を晒した葉霧は、自分の身体を指先で弄りながら、時雨のもので己の中を擦り上げた。
「あ、あっ!ん、いいっ…あぅ!ああっ」
 まるで、桜太を煽ろうとでもするように。ことさら声をあげ、時雨のものを締め付ける。
 しかしそれを見つめる時雨の表情は、冷たくさめたまま、ひとつも変わらない。
「やっ、ねえ!動いて!動いてよぉっ!」
 首を振って懇願する葉霧は、自分で身体を揺らせ、官能の渦巻いているところへ時雨を擦り付けていた。
「ああっ!あ、んっ!あああっ」
 我がままで、傲慢で、性格の悪い葉霧。淫乱で、金に汚くて、でも。

 こんな葉霧でも、時雨にだけは本気で惚れている。初めて会ったときから、心を奪われている。
 いつもいつも、店へ来たって時雨が葉霧を呼んでくれることはない。だから葉霧は、呼ばれた少年をそそのかしたり、脅したりして、無理やり時雨の身体を手に入れてきたのだ。
 曖昧に笑い、困ったねえと呟いて、でも葉霧の勝手を許してくれる時雨。
 どんどん時雨に嫌われてしまうのがわかっていても、閉じられた世界の中で生きる葉霧は、他に想いを伝える方法を知らない。
 でも、だからこそ。
 ……たぶん、初めてだ。時雨が葉霧を呼んでくれた。
 誰でもいいから呼ばれたのでも、下男を言いくるめて引き合わせてもらったのでもない。時雨が葉霧の名を上げ、この茶屋で一番いい部屋を取ってくれたのだ。

「んっぅ…は、あっ…!ね、さわって…しぐれ、しぐれぇっ!ああっ」
 どんなに名を呼びねだっても、時雨は動いてくれないまま。