男の身体が熱くなることはなく、ただ面白くもなさそうに葉霧の痴態を眺めている。切なく首を振った葉霧は、ぎゅうっと背中を反らせた。
「っく、いくっあああっ」
一人で上り詰め、吐精して。
ぐったりと時雨の身体に重なった葉霧は、恨めしそうに視線を上げた。
「なんなんだい、あんた…あたし一人に、こんなことさせてさ」
照れたように、頬を染める。ここへ売られて、もう随分になるのだ。こんな風に一人で善がって達してしまうほど、おぼこではないのに。
「…もう終わりか?」
「終わりかって…ちょ、え?」
時雨の手が伸びてきて、葉霧の髪から簪を抜き取り、少し離れたところへ放った。簪の飛んでいく軌跡を葉霧が見つめている間に、大きな手が乱れた髪を掴み上げる。
「ちょっと、なに?!」
「客より先にいっちまうたあ、随分な商売するじゃないか」
「待って、ねえ!どうしたんだい、あんた!」
自分の上から葉霧を引き摺り下ろした時雨は、髪を掴んだまままだ華奢な身体を四つん這いにさせた。慌てる葉霧の腕を掴み、背中へ捻り上げると、いきなり奥まで突き上げる。
「っ!あああっ!」
「どうした葉霧?いつものように、生意気な口をきいてみな」
「やだっ!や…っ、痛いってば!いやああっ」
叫ぶ葉霧の身体が、容赦なく突き上げられる。
どんなに気が強く、欲に群がる男たちを捌いていても、まだ葉霧はほんの少年だ。こんな風に唐突に、しかも怒りに身を任せているわけでも、面白がっているわけでもない男に、暴力まがいのことをされては。
怯えて震え上がる葉霧は、何とか逃げようとするけど。時雨の力強い手は、一向に離れてくれない。
「や、ああっ!…っねがい、やめてっ!いや!いやあっ」
揺さぶる男の酷い責め苦に、葉霧が悲鳴をあげ泣き出したとき。とうとう耐え切れなくなった桜太が、襖を開けた。
「時雨、やめてっ!」
青ざめて、飛び込んできた桜太。
情事の最中に邪魔をしたのは初めてだけど。こんな風に時雨が人を傷つけるのは、聞いていられない。
葉霧は息も絶え絶えに、自分が散々嫌味を投げつけた、幼い少年を見上げる。青い顔をして時雨を見つめ、しかし意志の強い瞳で訴えている桜太を見ていたら、羨ましくてなんだか泣けてきた。
ふっと腕が軽くなって、時雨に開放されたと思った瞬間、小さな手が葉霧を引き寄せてくれた。
ずるりと男が引き抜かれる痛み。慣れた身体が上げる悲鳴に、中を傷つけられたのだと知る。
桜太に庇い守られ、小さな背の後ろに隠されて。そこから時雨を見た葉霧は、あまりに酷く傷つけられて、零れそうになった嗚咽を、両手で押さ込んだ。
「…葉霧さん、大丈夫?泣かないで…」
振り返った桜太の優しい手が、肩を抱いてくれる。髪を撫でられ、安堵している自分が情けなくて、どうしようもなく悔しかった。
……時雨は、葉霧なんか見ていない。
最初から暴力を振るうつもりだったんだろう。それをこの少年に聞かせるため、普段はけして呼ばない葉霧を、今夜に限って呼んだのだ。
あんなに浮かれていた自分があまりに滑稽で、溢れる涙を堪えることは出来そうにない。
「っふ、く…ひ…」
ここへ売られてから、酷いことなんか、いくらでもされたことがあるのに。これくらいのこと、慣れているのに。時雨にされたと思うだけで、涙が止まらない。
しかもそんな自分を慰めているのが、さっきまで嘲笑い、蔑むように見ていた子供だなんて。
……時雨は最初から、この子のことしか見ていない。
時雨に愛されるための条件を、見せ付けられたような気がした。どんなに嫌味なことを言われても、己の心の明るい場所を失わない。桜太のようでなければ、時雨に愛されることは出来ない。
自分など、辱められ、嬲られているのが似合いなのだと思い知る。金で買われる身体に心などいらないと、そう言われた様な気がして。
葉霧はいても立ってもいられなくなった。
「…して」
「え?なに、葉霧さん?」
「離して…離してっ!あたしに優しくしたりすんなっ!」
桜太を振り払い、葉霧は部屋を飛び出していった。
清純な可愛い顔に心配されているのが、惨めで仕方なかったのだ。
涙で化粧を汚した葉霧が、顔を覆い慌しく部屋を出て行く。それを心配そうに見送った桜太は、きゅっと唇を噛み締めて、時雨を振り返った。
情事の名残りを隠そうともせず、片膝を立てて座っている時雨は、冷たい表情で桜太を眺めている。
大概のことは、我慢できるけど。
どんな理由があったって、この優しい人が誰かを傷つけることだけは、やめさせたかった。