【明日への約束F】 P:05


 どうしていいかわからない、と震えている桜太の手を、時雨がゆったり拘束して、身体の両側へ縫いとめてしまう。
 そんな風にされたら、何一つ抗う術をなくしてしまって、桜太に出来ることなんか、首を振ることぐらいだ。
 根元まで咥えられてしまうと、柔らかい肌に時雨の髭がざらりと触れた。過敏になっている肌には、奇妙なほどそれが気持ち良くて、桜太を狂わせる。
「ひ、あ…ああっ!しぐれ、いやあっ」
 泣いて声を上げても、時雨は許してくれない。
 小さなものを口に含みながら、力の入らない指に大人の指を絡み付かせる。大きく開かせた足の間で、時雨は桜太を許してやらず、そこをきつく吸い上げた。
「あああっ!やっ…やあっ!」
 桜太の放った、まださらりとしているものを、ためらいなく嚥下して。時雨が顔を上げれば、桜太は泣きながら震えていた。

「桜太…」
 苦笑いを浮かべて手を離してやると、小さな身体は身を竦ませ、横を向いて泣きだしてしまう。
 そっと背中へ手を入れて、抱き起こしてやった時雨に、縋りついてきた。
「…嫌だったかい?」
 ふるふると、頭が横に振られた。何一つ拒絶しまいとする、強い意志。それでも受け止めるには、快感が大きすぎて、涙を止めるまでには至らない。
「しぐれ…」
 顔を上げた桜太の唇に、時雨はそっと指を押し当てた。そうしないと、この子はまた謝ってしまいそうだ。
「なら、気持ち良かったかい?」
「あ…」
 かあっと赤くなる顔は、時雨の言葉を否定しなかった。ぽふっと逞しい時雨の胸に顔を伏せ、小さく小さく頷いている。
 時雨は優しく背中を叩いてやった。

 まだ、この子はあまりに幼い。
 時雨の中にとぐろを巻くどろどろとした熱を注ぐには、少し時間がかかりそうだ。

「ねえ桜太」
「…なに?」
 顔を上げられず、まだ下を向いたままの桜太を抱いて。時雨はごろりと横になる。
「ふ、わっ」
「桜太は可愛いね」
 いっそう頬を染める顔も。
 突然横にされ、驚いて見開かれた瞳も。
 ……何より、時雨を懸命に受け入れようとしている心が。
 何度も何度も唇を重ね、身体を撫でながら小さな口を啄ばむ時雨を、桜太は困ったように見つめていた。
「…どうした?」
「うん…」
「桜太?」
 尋ねる時雨の腕の中で、桜太はゆっくりと身体を起こす。そのまま、濡れた瞳で時雨を捕らえていた。
「ね…しぐれ」
「うん?」
「その…あのね」
「なんだい」
 何度か自分の唇を舐めている姿が、どうにも色っぽい。
「…ねえ…やめちゃうの?」
 躊躇いがちな問いかけに、時雨の方こそ目を見開いた。
「桜太…?」
「もうやめちゃうの?時雨…」
 どこかうっとりとした表情で、時雨の身体を見つめている桜太は、そっと固い身体に手を伸ばしてきた。
「いや、だってさ。お前さん…ちょっと、待ちなって」
 胸の辺りに触れていた桜太の手が、ゆるゆると時雨の身体を降りていくのに、慌てて起き上がる。悪戯な手を掴んで身体から離してしまう時雨に、桜太はちょっと不満そうな顔になった。
「あたしはいいから。ね?桜太」
「……やだ。」
「や、やだって」
「ちゃんとする」
「する、じゃないって。こら桜太」
 桜太が押さえた手を振り払おうとしているのに気づいて、時雨は焦りながら両手を繋いだけど。そのまま眠りについてしまおうとしていた時雨を見透かし、桜太は拗ねた顔になった。
「どうして、しないの」
「どうしてって言われてもねえ…」
 どう言えば、わかるだろう。しないわけでも、したくないわけでもない。……出来ないのだ。
 困った顔になる時雨を見上げ、桜太はふいっと横を向く。
「…みんなとは、したのに」
「は…?」
「葉霧さんだって」
「お前…」
 桜太の顎を指先で捉え、自分のほうを向かせた時雨は、その表情に嬉しそうな顔で笑った。
「なに笑ってんの!」
「嬉しいからでしょうが。…桜太が妬いてくれるとは思わなかったね」
「ち、違うもんっ!」
 かあっと赤くなり、桜太は首を振る。
 でもその顔に表れているのは、嫉妬だ。それはもう、疑いようもないくらいの。

 ただただ桜太を諦めさせるために、時雨が抱いていた何人もの女たち。
 そしていっそ嫌われてしまおうと、傷つけるまで抱いた葉霧。

 いつも黙って待っていた桜太だったけど、まさか少年がこんなに嫉妬で身を焦がしていたなんて。そんなにも自分を求めて、身体を熱くしていたなんて。
 喜ぶなという方が、無理な話。
 時雨はやにさがる思いで、桜太を見つめていた。
 自分のしてきた馬鹿な所業に、ちくりと心が痛まないわけじゃない。子供だと侮って自分がしてきたことは、思う以上に桜太を傷つけたはずだ。
 でも桜太は、全部受け止めて、それでもなお時雨を追いかけてくれた。