愛しさに感極まって、桜太の身体をぎゅうっと抱きしめる。
「時雨?」
「惚れ直した」
「な、なに?」
「桜太に惚れ直した。ああもう、あたしのこと捨てたら、化けて出るよ」
幼い桜太には、初めての恋かもしれないけど。時雨にはきっと、最後の恋だと思うのだ。
「…捨てないもん」
「本当だね?」
「絶対に捨てたりしないもん」
むきになって言う桜太に笑いかけ、ちゅっと唇を吸ってやった。
わかってる。桜太の気持ちは、ちゃんと時雨に届いている。
……でもきっと、いつか。
桜太は世界が広いことに、気づいてしまうだろう。この世には時雨以外の者がいることを、思い出す。
時雨は幸せの極みにいる今、そんなことを寂しく考えている自分に、少しだけ笑った。己が重ねた年月の、なんと長いことだろう。それでも積み重ねた毎日の、どこが欠けても桜太と心を通じ合わせることは出来なかったから。
……願わくば、その時。桜太が時雨ではない、誰かの元へ旅立とうとする、その時に。
彼が少しでも強くなっているといい。
惨めに取り縋り、行ってくれるなと未練を口にする自分のことを、振り切ってしまえるように。
「時雨?」
何かを察して、桜太は首を傾げる。しかし時雨は黙ったまま、桜太の髪を撫でてやった。そのままゆっくり、背中をたどり、柔らかな尻まで手を這わせて。
「あ…っ」
小さな声を上げる桜太の、狭い間に指先を添わせた。
「っ…!しぐれ」
「ここに、するんだよ」
穏やかな声で教えてやるのに、桜太は息を詰めたまま頷いている。
「知ってる?」
「…うん」
それは、さすがに。あれだけ色々と見せられていればわかるし、葉霧との濡れ場に踏み込んだとき、二人はまだ繋がっていたから。
時雨は一度手を離すと、十分に唾液で指を濡らせ、もう一度、緊張して固くなっているそこへ、今度は少しだけ力を込めて指を押し当てた。
「ひ、あっ!」
「怖いんだろう?桜太」
含み笑いに、桜太は躍起になって首を振る。
「こわく、ないっ」
「無理するんじゃないよ」
「してないよっ」
「桜太…」
懸命に言ってくれるのは、嬉しいのだが。してやるには、それなりの準備というものがある。浮かされた熱に突っ走ってしまうほど、時雨は若くもない。
そっとあてがった指を、ゆっくり中へ挿し入れる。それだけでも桜太の背中は、可哀想なくらい強張って、反り返った。
「っく、ぁあ…っ!」
「無理しなくていいから」
「や、だっ」
頑なに首を振る桜太から指を抜いてやった時雨は、言葉を裏切って震えている背中を、桜太が落ち着くまで撫でてやった。
そうして、少し思案を巡らせて。懸命な様子の桜太を労わり、額に口付ける。
「わかったよ」
「しぐ、れ…」
恐怖に頬を引き攣らせているくせに、それでも「してくれるの?」と自分を見上げている桜太に笑いかけ、首を振る。
「時雨、しぐれ…っ」
ふにゃあっと、泣きそうに崩れていく幼い顔。
「違うんだよ、桜太。したくないわけじゃない」
「だったら…!」
「だってさ…なんてえか。…勿体無いじゃないか」
「…え?」
きょとん、と。首を傾げる桜太の、可愛いことといったら。
「う〜ん…そうだねえ。桜太はもう、あたしのものだろう?」
「…うん」
「ずっと傍にいるって。誓ったね?」
「そうだよ」
だから、と。焦る桜太の唇を塞ぎ、時雨は楽しげに笑った。
「だったらさ、少しずつ覚えていけばいいんじゃないかねえ。明日も明後日も一緒にいるんだから」
桜太の睫が、何度か上下する。言われたことを反芻するように、まばたきを繰り返して。そのまま下を向き、何事か考え、上目遣いに時雨を見上げた。
「うん?」
「…少しずつ?」
「そうだよ」
「…時雨が教えてくれるの?」
「こんな楽しいこと、人に譲ったりするもんかい。たとえ桜太が誰かから教わりたいって言ったって、許さないよ」
全部教えてあげるから、と囁く時雨に、桜太の身体が歓喜している。
そう、全部全部、教えてあげる。
ひとと唇を重ねることも、誰かの肌に触れることも、教えたのは時雨だから。熱を持て余して震える気持ちも、芯からとろりと溶けてしまうような快楽も、全部教えてあげる。
いつか時雨と視線を絡めるだけで、どうしようもなく身体が濡れて、立っていられなくなるまで。
少しずつ、全部教えてあげるよ、と。時雨は桜太に囁き、微笑みかけた。
時雨の言葉にほっとした表情を浮かべ、桜太が嬉しそうに頷く。誓い合うように唇を重ね、自分から舌を差し入れてきた桜太に応えてやった時雨は、さてとばかりに桜太の背中をぽんと叩いたけど。
時雨の身体に寄り添う桜太は、それに気づいて恥ずかしそうに動きを止めた。