■ 事件
時雨が悶々としているある日、仕方なく今日も桜太を自分の元に泊めてやろうとしているところに、一人の男が乗り込んできた。
時雨に妻を寝取られたと主張する男は、包丁を振り回して暴れる。面倒になり、とりあえず一太刀切らせてやればコトは済むだろうと、動かない時雨。
しかし顔を上げ、驚いた。自分と男の間に、毅然とした態度で桜太が立ちはだかっている。
慌てて桜太を逃がそうとする時雨よりも早く、男が桜太を突き飛ばした。桜太は強い力で壁に叩きつけられるが、それでもまだ男に縋りつき時雨を守ろうとしている。
揉み合いの中で、男の包丁が少しだけ桜太の手を傷つけた。さあっと青くなった時雨が立ち上がり、男を叩き出す。振り返った視線の先で、桜太は笑っていた。大丈夫、。笑顔で手を押さえている。
心配と怒りで、時雨は思わず桜太の頬を叩いてしまった。
桜太はけして、時雨を責めなかったけど。その分、時雨は深く傷ついた。
その夜、時雨はついたての向こうに桜太がいるのを承知で、少年を呼び寄せて抱いた。
「あの子、あなたが好きなんでしょう?…意地悪なこと、するよね」
蓮っ葉な口調の少年は、桜太にことさら聞かせようと声を張り上げる。今まで女性を抱いているところへは、けして入ってこなかった桜太なのに。たまらなくなり、初めて二人のところへ乗り込んできた。
しかし時雨は「お前さん、いらないんだよ」と冷たく言い放つ。
「何を嫁さん面してんだい?邪魔するんなら、出て行きな。迷惑だよ」
何度も、同じことを言われてきたのに。今までの困った様子とは全く違う、取り付く島もない時雨の態度。桜太は宿(?)を飛び出していた。
(BL要素投入)
■ 息子と桜太[2]
いつもは寝ている時間なのに、たまたま目を覚まして縁側の障子を開けた息子は、庭に人影を見つける。誰何の声を上げると、月明かりの中姿を現したのは桜太だった。
黙って泣くばかりの桜太を部屋に入れてやり、夜風に冷たくなってしまっている身体に羽織をかけてやっていて、息子は桜太の怪我に気づいた。ちゃんと、手当てはしてあるようだけど。
「どうしたの、それ」
問うてみるのに、桜太は黙って下を向いている。息子は桜太の正面に座って、怪我をした方の手を取った。「痛くはないの?大丈夫?」聞いてくれる。
久々に、知った人と会って。優しくされて。見上げれば、時雨とよく似た、深い色の瞳。張り詰めていた気持ちが一気に溢れ出し、桜太は辛い気持ちを訴える。
自分が勝手に怪我をして、時雨を傷つけたこと。少年を抱く時雨に、胸がどきどき痛くなって堪らず乗り込んでしまったこと。怒った時雨に、出て行けと言われたこと。飛び出したけど、やっぱり時雨のそばにいたくて寂しいこと。「いらない」というその一言が何より怖くて、戻れずに…気づけばこの家に来ていたこと。
黙って聞いてやっていた息子は、ため息をついて「厄介な人だな」と呟いた。怯えた様子の桜太に謝られ、慌てて「桜太のことじゃないよ」と、小さな身体を抱き寄せる。華奢な身体が、震えている。
「ねえ、どうしても父じゃないと、駄目なのかい?」
囁き、唇を押し付ける。桜太は拒絶しなかったが、それでも時雨の傍にいたいのだと、小さな声で訴えた。
(私は息子の方がいいと思います、桜太さん)
■ 時雨と息子
息子が時雨の元を訪れたとき、時雨は手がつけられないほど荒れてすさんでいた。
「また後悔しているんですか?どうしようもありませんね」
冷然と言われ、時雨は酒を呷る手を止めずに「桜太は?」と尋ねる。
「知りませんよ」
「おい」
「……ま、確かにうちにいますけどね。もうあなたには関係ないんじゃないんですか?いらないんでしょ?」
当然のことを言われ、時雨は黙り込んだ。出て行けと言ったときの桜太の顔が、どんなに酒を呷っても消えてくれない。
父の葛藤を察して、息子は「可愛いですよね、桜太」と。唐突に言い出した。
「まっすぐで、懸命で、一途で。傷ついても傷ついても、明るく笑って誰かの為に出来ることを探してる。まだ幼いのに、懐が深くて人を受け止めてあげられるんですね。……いらないなら、貰ってもいいですか?」
息子の言葉に、時雨は「好きにすればいい」と吐き捨てた。
「お前なら歳も近くて、似合いだろうさ」
大人ぶる時雨に「じゃあそうします」と答えながら立ち上がった息子は、去り際に呟いた。
「まあ、私(ぼく?)は家を継がなければならない立場ですから。桜太には一生日陰の身になってもらいますけど……いいですよね、別に。どうせ誰もいらないんだし。あれだけ素直なら、抱いてしまえばいくらでも言うこと聞きそうですしね。……昨日あなたが少年抱いたのを聞いて、欲情してたみたいだから。丁度いい」
慌てる時雨を無視して、息子は障子を閉め父の元を去って行った。
(意地悪ジュニア)