「そうだ惺、下に荷物来てたよ」
「荷物?」
「うん。昼過ぎに着いたって、管理室の人が。連絡したって言ってたけど?」
「ああ…そういえば」
惺と直人が住むマンションは、宅配用のロッカーが一階のエントランスに設けられていて、荷物が届くと管理室から各室に連絡がくる。
惺は何時間も前に伝言を聞いたのだが、億劫で取りに行かないまま、今まですっかり忘れてしまっていた。
「誰からだ?」
「じいサマから、惺に」
「泰成(タイセイ)?…珍しいな」
「ちょっと重いから、ここ置いとく」
テーブルの空いた場所に包みを置いて、直人は自分の部屋へ引き上げていく。その後姿を見送りながら、惺はふうっと息を吐き出した。
直人が就職して、二年が過ぎている。
二人の過ごした夜は、もうとうに千夜を越えているはずなのだが、少しずつ薄くなっている惺の痣は、まだ完全に消えてはいなかった。
どんな基準で千夜を数え、どんな風に痣が消えるのか。惺が直人という運命の相手を受け入れてから、二人で色々と話し合ったが、明確な答えは得られないままだ。
直人曰く、何ヶ月経っても変わらないでいるかと思うと、惺を抱いている間に、目で見てわかるほど色が浅くなるときもあるらしい。どう考えても、何か物理的なカウントがされているとは思えない、惺の痣。
直人という存在を受け入れ、呪いが終わる日を待つことにした惺にとって、その予測できない曖昧さは、苛立ちを覚える以外の何物でもない。
しかし気を荒立てる惺に、直人は穏やかな声で囁くのだ。
―――のんびりいこうよ、惺。
優しく笑い、惺の手を握って。
直人は頼りがいのある、落ち着いた表情でそう囁いてくれた。
ずっと自分がそばにいるから。だから焦ることはない。
もし時間がかかりすぎて、惺の変わらぬ容姿に周囲の目が不審を抱き、同じ場所で暮らせなくなったとしても。その時は二人で、どこか違うところに移り住めばいい。最後まで自分が惺を支えるから。
直人の真摯な言葉は、惺の中にある苦しさや焦りを、少しずつ解いてくれる。しかしあの言葉を聞いてからでも、もう何年経つのか。
人に会う時だけ掛けるようにしているメガネのデザインを変えたり、唯一変化を許されている髪形を変えたりして、二人は今でもずっと、同じマンションで生活しているのだが。
……限界は、確実に近づいている。