直人には聞いて欲しいことがあるのかもしれないが、惺はいつも耳を塞ぐように、話題を変えてしまう。
今も惺は飲みに行ったこと以外、深くは尋ねようとしない。直人の方はいい加減、そんな惺にも慣れたもので、気にした風もなく「そうだけどさ」と呟きながら、もうボトルを取り出しにかかっていた。
「惺と飲むの久しぶりだし、明日っからまた忙しくなりそうだしね。ちょうど甘いもの欲しいと思ってたんだ…興味あるんだもん。ハニーワイン」
ダメ?と、しゃがんだ直人に上目遣いでねだられ、惺は仕方なく頷いた。
「…ハニーワインには、チーズがつきものなんだよ」
「了解。じゃあチーズサンド作ってくる。一本冷やすけど、今日は寒いし、あったかい方がいいよね」
「そうだな」
「せっかくハチミツがあるんなら、パンケーキも焼こうかな〜…バターってまだあったっけ」
一人で呟きながら立ち上がった直人は、うきうきとボトルを二本持って、キッチンへ入っていく。
長年カフェでバイトをしていた彼にとって、料理はお手の物だ。学生時代の勉強や、今でも毎日のデスクワークで煮詰まった時には、わざと手のかかる料理をしてストレス解消していたりする。
笑みを浮かべる楽しげな様子の直人を見守りながら、惺は中に入っていた手紙を開いた。
見慣れた泰成の文字。
元気か、とは問わず、懐かしいだろう?と本題から始める、その手紙の書き方も変わらない。
かつて手紙の書き方も知らないのかと咎めた惺に、彼は平然と「貴方が元気なのはわかっている」なんて、嫌味に聞こえかねない答えを返してきたことがあった。
『懐かしいだろう?
奴が逝ってもう随分経つ。三代目を引き継いだ孫が、奴の残した日記に私の名を見つけ、祖父の話を聞かせてくれと先日ここへ押しかけてきた。面倒なことだ。
しかし手土産を持ってくるくらいの躾けは受けているようで、懐かしいものを大量に置いて帰った。
貴方にも送れと秀彬がうるさいので、こうして私がペンを執らされている。礼なら秀彬に言ってくれ。』
ぶっきらぼうな手紙は、「追伸、こちらは相変わらず寒い」と愚痴って終わっている。泰成の住む海辺の街が、毎年厳しい寒さに見舞われることを、惺は泰成以上に知っていた。
「寒いなら帰ってくればいいものを」
苦笑いで呟きながら、手紙を封筒に戻すと、今度は一緒に入っていた秀彬からの手紙を開いた。こちらは一変して、丁寧な言葉で近況が綴られている。