それに目を通した惺は、僅かに眉を寄せた。
「じいサマ何だって?」
「ああ…海が近いせいで寒いそうだ」
直人の声に適当な言葉を返しながら、秀彬の手紙を読み返す。にわかには綴られた言葉が信じられなかった。
―――倒れた?泰成が?
秀彬からの手紙には、先月半ばに泰成が倒れたこと、何日か意識不明だったことが綴られている。
誰にも知らせるな、と泰成からきつく言われ、日本には連絡しなかったようだが、この半年で泰成が倒れたのはどうやら三度目らしい。
時間があれば一度、会いに来てもらえないだろうかと。秀彬の手紙は控えめな言葉で終わっていた。
「じいサマも年なんだから、そんな寒いトコいないで、どうせだったらもっと温かい国に行けばいいのにね」
「………」
「静かでいいとこなのは前に行った時、俺も実感したけどさ。ちょっと遠すぎ。国内じゃダメだったのかなあ…沖縄とかならあったかいし、日帰りできるのに…惺?」
「ん?」
「どうした?」
ぼんやりと手紙を見つめる惺に、直人がキッチンから声を掛ける。
手紙を畳みながら「なんでもない」と呟いたが、直人は少し憮然とした顔で、リビングに戻ってきた。
手にしている大きめのトレイには、二人分のマグカップや、トーストの並んだ皿が乗っている。それをテーブルに置いた直人は、じいっと惺の顔を覗き込んだ。
「何でもなくないだろ」
「直人…」
「そんな風に上の空になってるの、珍しいじゃん。何か気に掛かることでも書いてあった?」
惺の隣に腰を下ろし、話を促すように優しく髪に触れて。しかし話す気にならない惺の様子に気付くと、直人は深く追求せずに、黙って温かいマグカップを渡してくれる。
中から香る、甘いハニーワイン。
惺はそれを一口飲むと、目を閉じて肩に手を置く直人に身体を預けた。
何があっても平然と笑っていた、あの泰成が倒れたなんて言われても。どうにも想像できなくて、手紙の内容が現実的に感じられない。秀彬のことだ、心配のあまり大げさに書いているんじゃないだろうか。そう思いたい。
惺にとっては出会った頃の、いつも泰成を心配して胸を痛めていた、幼い秀彬の方がまだ現実的なのだ。
「…昔、な」
「うん」
「このハニーワインを作っている街へ立ち寄ったことがあるんだ。泰成と、秀彬…いや、来栖と、エマと」
「エマ…誰?」
「ああ、言ったことがなかったか?泰成とほぼ同時期に出会った女性で、しばらくの間四人で旅をしていた」