【1月ハチミツ-前編】 P:08


「ふうん…きれいな人?」
「?…なんだ?」
「だって惺の話に女性が出てくるの、珍しいから」

 少し不満そうな直人の声に、惺はゆったり微笑んだ。
 占い師のエマ。惺が探し、泰成が見つけてくれた女。激しく情熱的で、頭のいい美しいひと。

「確かに美しい女性だったが、そういう詮索は僕より泰成にした方がいいな」
「じいサマに?」
「ああ…エマの面倒を、見ていたんだ」

 意味ありげな惺の視線に、直人は少し驚いた顔になる。しかし若い頃の泰成を、写真で見たことがあるせいか、肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

「面倒って、そーゆうイミ?」
「あいつは昔から、遊ぶことに関しては天才なんだ」
「まあ写真しか知らないけど、若い頃のじいサマってそんな感じだったよね…ねえ、惺。エマさんって人、奥様に似てる?」

 幼い頃から直人は、泰成をじいサマと呼ぶのに、その細君を奥様と呼んでいた。それは何も直人だけではなく、笠原家に関わるほとんどの者がそうだ。
 直人の幼馴染みである、泰成の孫の千夏(チナツ)でさえ、泰成をじいちゃんと呼ぶのに祖母をおばあ様と呼ぶ。そうさせるだけの何かがある女性だったのだ。
 直人に肩を抱かれたまま、惺はゆっくり首を振った。

「似てはいないな…エマは奥方のように、おとなしい女性じゃなかった。泰成が面倒を見ていたのも最初だけで、彼女は自立心が強かったからな」
「そうなんだ…」
「何にでも興味を持って、自分で行動を起す意志の強い女性だったよ」
「すごい。かっこいいね」
「ああ。旅をしている間、よく新聞を開いては、泰成に政治や経済のことを教わっていたんだ」

 苦笑いを浮かべている惺に少し安心したのか、直人は嬉しそうに相槌を打ちながら皿を引き寄せ、自分の作ったチーズサンドをつまむ。その皿を惺に前に差し出した。

「酒飲むときは、ちゃんと食べる。惺が俺に言ったんだろ」
「…まあな」

 億劫に思いながらも、惺は勧められるままそれを口にする。
 直人の作ったトーストサンドには、間に海苔を一緒に挟んであって、それが程よく溶けたのチーズに絡み、塩辛さが甘いハニーワインとよく合っていた。
 食べ始めると、さすがに空腹だったことを思い出す。食べても食べなくても変わらない身体なのに、空腹を感じるのは少し理不尽な気もするのだが。
 直人の笑顔に促されるままチーズサンドをつまみ、ワインを飲んでいた惺は、自然な甘さにふと手を止めた。