【1月ハチミツ-前編】 P:09


 ヨーロッパなら大抵の場所で手に入る、甘い甘いハニーワイン。しかし今飲んでいるものは……

「確かに甘いけど、そんなしつこくないんだね。さらっとしてて美味しい」

 惺が考えていたことと同じことを呟き、直人がカップを見つめている。
 大人の男が何杯でも飲めるハニーワインを作ろうと、研究に必死だった領主の顔が脳裏を掠めて、惺はくすっと笑った。

「なに?」
「いや、直人の今の言葉を聞いたら、これを作っていた男が喜ぶだろうと思ってね」
「知り合い?」
「そうだな…果敢にも泰成に決闘を申し込んだ男なんだ」
「決闘?!」

 目を丸くしている直人は、あまりに古めかしい言葉を聞いて、その経緯に興味を持ったようだ。わくわくした表情で見つめてくる直人に笑いかけ、惺は珍しく昔話を始めた。

「エマに一目惚れしたんだ。研究一筋の男だったから、どうやって彼女を口説いていいのかわからず、思い余って泰成に手袋を投げつけた」
「そんなの俺、映画でしか見たことない」
「ああ、当時でも珍しかったよ。また泰成が面白がってそれを受けたものだから、どうして自分のことで泰成が決闘なんかするんだと、エマがへそを曲げてしまって」
「え?じいサマとエマさんって、恋人同士じゃなかったの?」
「違う。言っただろ?あいつは遊びの天才だったんだ」
「ああ…遊び、ね」
「そうだな…泰成にとってのエマは、悪友といった感じだったな。二人は異性同士だが、いつも楽しげにケンカばかりして、その度、来栖に叱られていた」

 当時のことを思い出して、惺はふと頬を緩める。懐かしげな表情を見た直人が、肩に回していた手で惺の顎を捉えると、少し上を向かせて唇を重ねた。

「直人?」
「幸せそうな顔、してた」
「そうか?」
「してたよ。あーあ…俺もそこにいたかったなあ…どうなったの?決闘」
「始まる前にエマが相手を引っ叩いて、お流れになった」
「え〜!なにそれ〜」

 さっきまで拗ねていたくせに、もう面白がって笑っている。ころころ変わる直人の表情が、幼い頃とあまり変わらないような気がして、惺は愛しげに彼を見つめた。

 自分の後ろを必死に追いかけていた直人は、あの頃のままそばにいる。そのことにどこか安心している自分を、惺は自覚していない。
 変わらないことに苦しみ続けた時間を、忘れてはいないはずなのだが。直人のそばにいるとつい、いつまでもこのままで、と願ってしまうのだ。