「ハチミツの研究かあ…面白そうだね。藤崎(フジサキ)先生とか好きそう。あの人にかかったら、何でも化学なんだから」
「藤崎先生?」
「嶺華の。ほら、アキと暮らしてる」
「ああ」
「先生は甘いもの嫌いだけどね…バター切らしててパンケーキやめたけど、これ開けてもいい?」
ひょいっと大きな手がハチミツの詰まった瓶を持ち上げた。頷いてやりながら、惺は手元のマグカップをあける。
立ち上がる直人が、スプーンでも取りに行ったのかと思って見ていると、彼は惺のカップが空になったのを見逃さず、先に温めたハニーワインを持ってきてくれて。甘い香りに促され、また惺は口をつけた。
思えばこんな風に、直人と二人で酒を飲むのは久しぶりだ。学生時代よりも格段に忙しくなっている直人。睡眠を摂るためだけに帰ってくる日も少なくない。
たわいない会話。直人の作る料理。
細やかな気遣いと、優しい時間。
いつも自分に厳しいはずの惺なのに、つい己の酒量を越えてしまう条件が揃ってしまった。
元々惺は酒に強く、酔うことなどなかったのだが。痣が薄くなり始めた頃から、ほんのたまに、酒に飲まれてしまうようになっている。ただしそれは、直人だけが知っていること。
惺が直人以外の人間と酒を酌み交わすことなどないので、直人はこのことを、あまり自覚のない惺自身にも秘密にしている。
寄りかかっていた惺の身体が、ふいに重くなった。直人は腕の中の惺を見つめ、彼の瞳がとろりと潤んでいることに気づいて、ほんの少し口元を吊り上げる。
「惺?」
「ん…ん」
眠ってはいないようだが、惺の語尾はすでに曖昧だ。アルコールに意識を取られ始めているのを察し、直人は悪戯心を起して、クラッカーにつけていたハチミツを指で掬った。
「ね…口、開けて」
「な、に…」
「いいから口、開けて?」
「ん…ぁ」
ぼうっとした惺が薄く唇を開くと、直人は指につけたハチミツを塗りつけ、そのまま自分の指を咥えさせる。
「美味しい?」
「ふ…あ、あ」
「甘いね」
「ぁ…ふ」
ゆっくりとテーブルを押しやり、力の入らない惺をソファーとテーブルの間に寝かせて、直人は空いた皿にハチミツの瓶を傾けた。
とろとろと零れていく、金色の甘い蜜。
指で掬って惺の口に押し込んだ直人は、自分の指を咥えさせたまま、抱いた身体のシャツを探り、器用にボタンを外した。