【1月ハチミツ-中編】 P:03


『もう切るね。じいサマと来栖さんによろしく。またかけるから…』
「もうかけてくるなっ!」

 怒りに任せて電話を切ってしまった惺は、それを秀彬に押し付け再びソファーに引きこもってしまう。
 泰成と秀彬が顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「それにしても、直が先生などと呼ばれとるのは初めて聞いたな」
「はい。何というか…直人さんも立派になられましたね。今度お会いしたときには、私も先生とお呼びした方が?」
「言ってやれ言ってやれ。目を丸くして慌てるだろうよ」

 楽しげに笑いあう二人を睨み、惺は抱えていたクッションを乱暴にソファーへ叩きつけた。

「煩いんだよ。下らない話なら他でやれ」
「うるさいのはお前さんだろうが?ここはわしの屋敷だ。とやかく言われる義理はないぞ」
「大元は僕のものだ!」
「今さらそれを言うのか、お前さんが」

 呆れる泰成のそばを離れ、秀彬は惺の傍らまで来ると、今さっき乱暴に叩きつけられたクッションを手に取った。

「秀彬…?」
「これはエマさんが刺繍されたものなんです。丁寧にお扱いください」

 愛しげに手にしたものを撫で、中の綿を整えるように何度か軽く叩く。そうっとそれを置いた秀彬に、惺は小さな声で「すまない」と呟いた。秀彬とエマが姉弟のように親しかったことを知っているからだ。
 無表情だった秀彬が、惺の言葉を聞いて柔らかく微笑む。

「なに
か温かいものをお持ちいたしましょう。惺様、何がよろしいですか?」

 見上げる微笑みは、出会った頃よりずっと齢を重ねて皺が増え、惺の容姿をとっくに越えてしまっている。しかしその穏やかな瞳の優しさは、少年の頃の秀彬と何も変わらない。
 激昂していた自分を恥じるように、惺は苦く笑って「そうだな」と呟いた。

「久しぶりに、お前の淹れてくれるお茶が飲みたいな。リーフは任せるから」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
「頼むよ」

 すっと頭を下げて部屋を出ていく秀彬の後ろ姿を見つめる。こうしていると、何もかもが過去へ戻ってしまったかのようだ。
 月の明るい晩に泰成と出会い、同じ街で秀彬やエマにも出会って。四人で旅をしながら、たどり着いた屋敷がここだ。
 惺が最初に見つけた運命の相手から譲り受け、数百年の後にエマに渡して、彼女の死後、泰成が引き継いだ屋敷。