【1月ハチミツ-中編】 P:05


 まるでベッドのように身体を支え、不自由を助けるための椅子。日本にいた頃はまだ、そんなもの必要なかったのに。
 考えることを拒み、黙って首を振っている惺を見て、泰成はやはりそうか、と苦い顔になる。

「懐かしいものを送られて、嫌なことでも思い出したかね」
「泰成…」
「なんと言ったかな、あの男は。蜂蜜のことしか頭にない朴念仁」
「………」
「先日ここを訪れた孫は、奴の血縁と思えんほど良く笑う、明るい青年だったよ」

 まるでその時の惺を見ていたかのように言い当てる泰成が、椅子の肘掛を指先でとんとん、と叩いている。
 泰成も覚えているのだ。惺の胸倉を掴み上げ、罵倒した男のことを。

「そう気にすることはあるまい?奴の言葉は完全に八つ当たりだった。お前さんと共に旅立つ我々が羨ましかったんだろうよ」
「別に。気にしてなどいない」
「一人で旅立つと言い出したお前さんを、我々が放っておくはずがない。エマなどお前さんと離れては、旅に出た意味もなかったからな。まあ気にするな」
「だから気にしてないと言ってる」
「…しかし確かに、惺が蜂蜜のような人間だと言うのは、言い得て妙だったか?」
「お前っ!どっちの味方なんだっ」

 気にするなと言ったり、言い得ていると言ったり。むっとして声を上げた惺は、驚くほど静かな視線を向けられて、息を飲んだ。

「泰成…」
「わしが誰の味方かと聞くのかね。今さらそんなことを?」
「………」
「今も昔も変わらんよ。…私は貴方の味方だ。この命が尽きるまで、貴方を守ると誓った」
「…わかってる」

 遠い過去、いつまでも自分を守ると言った若き日の泰成。たとえ死んだ後でも守ってみせると誓ってくれたことを、惺は忘れてなどいない。
 泰成は自分が惺の運命の相手ではなくとも、運命が直人を選んだ後でも、変わらずに惺を見つめ続けてくれたのだ。
 そういうことじゃないんだ、と小さく零す惺に、泰成は口元を歪めた。

「だからこそ、今は直人の味方だと言っておくべきか」
「おい…話が違うだろ」
「少しは反省することだ。今のお前さんは直に求めるばかりじゃないか。ここへ逃げてくれば、また直が慌てて駆けつけると思っとったんだろうが?あの子をいつまで子供扱いする気だね」

 自覚している痛いところを指摘され、惺が黙り込むのを、泰成は許さない。