【1月ハチミツ-中編】 P:07


 この人をハチミツみたいだと言い放ち、責め立てた男が、本当はエマを口実にして惺のそばにいたがっていたことを、泰成は知っていた。
 誰もが惺を欲しがるのだ。
 泰成だって、その一人。
 でも運命は泰成を選ばなくて。見つめることしか許してくれなくて。それすらも、終わりのときが近づいている。
 泰成はさらさらとした惺の髪を少し引っ張った。

「ずっと秘密にしていたことを、教えてやろうか」
「え…?」

 ゆっくり顔を上げた惺は、涙を流してなどいなかったけど。きれいな瞳の淵が少しだけ、赤くなっていた。

「わしはな、惺。お前さんを幸せにしてやることだけを考えて、生きていくはずだったんだよ」
「泰成…」
「しかし時間が経つうち、どんどん贅沢になった。エマや、秀彬。冷たく接するわしに添い遂げてくれた妻や、わしの血を受け継いだ子供たち。その孫がまた、可愛くてな。…貴方を攫ってしまう、直人もだ。誰も彼もを幸せにしようと、躍起になってしまった。貴方に出会うまで自分のことしか見えていなかった、この私がだ」

 重ねた年の数だけなら、惺の方がずっと長い。しかし今、目の前にいる男は確かに惺とは比べ物にならぬほど、たくさんのことをその身に刻んでいる。
 これが人生を生きる、ということ。
 生まれた時から死に向かって歩く者。限られた時間に中に我が身を置く者。
 終わりを見据えて、己の存在を考える。
 ―――人、という生き物の価値。

「愛しているよ、惺。それだけは永劫に変わらない。だからこそわしは、直人が愛しいんだ」

 老いた指先に目元を拭われ、惺は初めて自分が泣いていることを知った。

「あの子を受け入れなさい…貴方のために成長していく直人を。その傍らで変わっていく貴方自身を。もう何にも捕われることはない。貴方は十分に生きた」
「泰成…泰成、僕は」
「誰も許さないと言うなら、私が貴方の罪を許そう。その身に背負う罪が重いなら、この老いぼれに預けなさい。貴方の抱え続ける想い、貴方の身を傷つけ続ける罪。全て私が背負い、天上へ持って逝く」

 泰成の言葉に惺の身体はどんどん軽くなっていく。しかしそれを拒絶して、惺は何度も首を振った。

「嫌だ…逝くな、泰成」
「まだ死なんよ」
「しかし…!でもっ」
「どうせ誰も
が、いつかは逝くんだ。遅かれ早かれな。お前さんと秀彬と直人と、わしと。順番で言うなら、わしが早いはずだろう?だから預かってやると言っている。それだけだ。順番が狂えば、別の者が預かるだろうさ」