なあ、と泰成に笑いかけられて、秀彬が頷きながら近づいてきた。
「私が早ければ、私が。しかし惺様、それが直人さんではない保証など、どこにもないのですよ」
「確かにそうじゃ。こんな所で何をやっとるんだお前は。とっとと直人の所へ帰れ」
声を立てて笑いあう二人の前で、惺は目元をごしごし拭いながら立ち上がった。
「っ…何も変わってないじゃないか、お前たちは!いつもそうやって、結託して僕をからかうんだっ」
嫌なやつらだと声を荒げる惺を見て、二人は寄り添いながら笑っている。その様子は確かに、かつてこの屋敷に滞在していたころのままだ。
「結託などと人聞きの悪い。なあ秀彬」
「そうですよ、惺様。私をこんな意地悪な老人と一緒にしないで下さい」
「む…それを言うか、四つしか変わらんくせに。ああ、そうじゃのう。確かにお前は若いんじゃった。なあ惺、先月な」
「泰成様っ!その話は違うと、何度も…」
にやにや笑いながら話しかける泰成の言葉を聞いて、来栖はさあっと顔を青ざめさせている。惺は赤くなった目元もそのままで、前髪をかき上げた。
「なんだ泰成。何の話だ」
「いやな、港から毎日、魚を届けて来る娘がおるんじゃが。まあ娘というても四十過ぎで…」
「ですから!そういう話ではないと言っているじゃありませんか」
「何が違う?ずっと貴方を見ていたい、などと。昨今このわしでも言われとらんことを言われたくせに」
「違っ…ですから」
「それはまた、十分な口説き文句じゃないか。なんだ生涯独身だなんて、失礼な言い方だったかな」
「惺様まで何を言ってるんですかっ」
いい加減にしてください!と今度は顔を赤くさせている秀彬が、ぶつぶつ文句を言いながらも二人にお茶を淹れる。
何もかも変わってしまった二人と、何も変わらない会話。
三人は夜遅くまで、昔のように笑い声を上げて話し続けていた。