どれくらい立ち竦んでいたのか。惺はゆっくり手にしていた花を置いた。
「久しぶりだ…不義理な僕を、君は許してくれるだろうか」
答えてくれる者のない問いかけ。それでも惺には、彼女の明るい笑い声が聞こえるような気がした。
「弟たちと離れて、随分経つよ。君を失ってあの子たちがどんなに悲しみ怒ったか…もう君は、あの子達と会えたかい?」
たくさんの出会いと別れが、惺の記憶に去来する。
運命を共にするはずだった女性。彼女と出会った時、惺は二人の弟と共に旅をしていた。
美しく穏やかな上の弟。
明るく可愛い下の弟。
彼らは運命の相手を自ら手放した兄に絶望し、それぞれ別の道を歩いていくことを決めた。
二人の行く末は、ずっと惺の心に突き刺さっていたけど。
―――あなたの幸せを願ってやまない。
上の弟が別れ際に呟いた言葉だ。
自分たちのためだと言って、惺自身が幸せになろうとしないなら、一緒にいても意味がない。
彼らの言葉は喜びと痛みを同時に与え、ずっと惺を縛っていた。
その言葉はいつまでも惺に付きまとって離れようとしない。
「僕の幸せを願っていると。皆、そう言って僕を甘やかすんだ…どう思う?君と同じことばかり。弟も、今この屋敷に住んでいる男も…僕たちと同じ、星の痣を刻まれた子もね」
彼らの言葉を、惺はどうしても受け入れられなかった。自分の幸せなんかより、弟の、この女性の幸せの方が大事で。
そうすることで、彼らがどんなに苦しむかも知らずに。
でも、なぜか。
昨日まで見えなかったもの。
今日の陽が昇るまで知らなかったこと。
自分を幸せに出来ない者が、人を幸せにすることなど出来ないという単純な答え。
それは驚くぐらい強く、惺の中に根を張り枝葉を伸ばして、最初からそこにあったかのように植えつけられている。
「ワガママが過ぎると、怒るかな。勝手を言う僕を、君は嘆くだろうか…ああ、でもどうか。許して欲しいんだ。君を手放してしまった僕は、今とても直人に会いたい」
大きな腕を広げ、自分を守ってくれる青年。どうにも自分は誰かを守るより、誰かに守ってもらう方が性に合っているらしいと、惺は苦笑いを浮かべる。