今日の惺は、彼の言葉に思わず微笑みを浮かべてしまう。
「ありがとう、ただいま」
答える言葉を聞いて、管理官がちらっと視線を上げた。
正面に立っている惺の美貌。それをうっかりまともに見てしまった管理官は、僅かに顔を赤らめてすぐに下を向く。
「あ、あの。結構です、お通り下さい」
焦った彼の声が上ずるのを聞いて、惺はにやりと口元を歪めた。
容姿は上の弟の専売特許だと思っていたが、どうやら自分程度でも有効に使えるものらしい。
「申し訳ない。自宅までだと、どうやって帰るのが一番早いかな」
手間を取らせることを承知で聞くと、彼は慌ててもう一度パスポートを開き、住所を確かめて時計を見た。
「今でしたら電車の方が早いですよ」
「車より?」
「ええ、この時間は高速が混みますから」
「なるほど。助かったよ、ありがとう」
手間を取らせて悪かったね、と続けながらにっこり笑う。ぶんぶん首を振りながら「お気をつけて」と返され、ロビーに出てきた惺は口元を押さえて笑い出した。
自分が立ち去るのを、ぼうっとした顔で見送っていた彼は、きっと後ろに並んでいた客から睨まれてしまうだろう。小さな悪戯をした気分だ。
せっかく教えてもらったのだから、言われたとおり電車を使おうと立ち止まる。
駅の方向を確かめるため顔を上げた惺の前に、背の高い青年が立ちはだかった。
「え…?」
「楽しそうだね、なに笑ってんの?」
見覚えのある黒のロングコートに包まれた、深いグレイのスーツ。見上げたところにずっと会いたかった顔が、優しい表情で惺を見下ろしていた。
「直人…っ!」
「うん。おかえり、惺」
「お前どうして?!」
「来栖さんが到着時間教えてくれたから。迎えに来たんだ。早く会いたくてさ」
「………」
「あの、ちゃんと仕事は済ませてきたよ?迎えに来るために今朝は早く出たし、休憩も返上して仕事してたし」
「………」
「えっと…村木(ムラキ)先生の許可も、ちゃんと取ってるから…惺?」
黙って直人を凝視している惺に、何か咎められるのかと不安になったのだろう。勝手に言い訳を始める直人の言葉を、惺はあまり聞いていなかった。
ただ直人は、いつからこんな男っぽくなったんだろうかと。