【1月ハチミツ-後編】 P:04


 黙って家を出る前まで、見慣れていたはずの顔が懐かしくて……どうしようもなく愛しくて。今更そんなことを考えている自分が、恥ずかしい。
 惺は思わず直人のコートを掴み、額を押し付けた。

「ちょ…惺?!どうしたんだよ」
「…ただいま」
「え?…うん、おかえり」
「直人」
「何?」
「直人…直人」

 するっとコートの中に手を滑り込ませ、直人を抱きしめる。収まっていたはずの熱が、どんどん上がっていた。

「え…っと…惺?あの…」

 慌てている様子の直人が、ためらいがちに肩を抱いてくれる。大きな手が温かくて離れがたい。

「…ったく、どうしたんだよ」
「驚いた」
「うん?」
「まさか来ているとは思わなかった」
「ああ、黙っててごめんね。飛行機の中じゃ携帯繋がらないし、連絡できなくて。すれ違ったらどうしようって焦ったよ」
「ここまでは、どうやって?」
「車。駐車場に停めてあるんだけど…えっと、惺?」
「なんだ」
「あー…その、結構周りの人に注目されちゃってるんだけど…」

 明らかに同性の二人が抱き合う姿は物珍しく、通りすがりの人々は驚いて立ち止まったり、思わず確かめるように振り返っている。何かの撮影を疑っている者や、果ては黄色い声で何かを言い合う女性まで。
 顔を伏せている惺にはわからないかもしれないが、抱きつかれている方の直人には、少々居心地の悪い状況だ。
 どうしたものかと、困った声で呟く直人を見上げ、惺は不機嫌そうに眉を寄せた。

「嫌なのか?」
「え、イヤって言うか」
「僕と一緒にいるところを、人に見られたくないとでも?」
「そうじゃないでしょ…こういうの、いつもは惺の方が嫌がるじゃん。いいの?見られてるよ?」

 いつもの惺なら手を繋ぐどころか、外では並んで歩くことさえ嫌がるのに。
 苦笑いの直人を見つめていた惺は「構わない」と答えるや否や、再びぎゅうっと直人に身体を押し付けて、腰に回した手に力を篭める。

「見たい奴には見せておけ」
「あのねえ…」
「うるさい。何時間会えなかったと思ってるんだ」

 勝手に家を飛び出したくせに、我が侭なことを言う惺の髪を、直人が柔らかく撫でる。しばらくして溜め息を吐いた直人は、ぽんぽん、と軽く惺の頭を叩いた。