「ねえ、惺。いつまでもこんなところにいられないでしょ?帰ろうよ」
「…ああ」
「人に見られるの、イヤじゃない?」
「ん…」
「じゃあほら、こっち。このままじゃ歩けないよ」
そっと肩を押して惺の身体を離した直人が、代わりだとでもいうように惺の手を握って歩きだす。仕方なく顔を上げた惺にも、やっと周囲の注目が目に入ってきた。 でも繋いだ手を離したいとは思わない。
誰に何を思われるより、今は直人の体温が感じられるままでいたいのだから。
惺がじいっと繋いだ手を見つめ、視線を上げると、直人は何も言わずに手を引っ張って、そのままコートのポケットに手を突っ込んでしまった。
中で指を絡める直人が、惺を見下ろし悪戯っぽく舌を出して笑っている。
「直人…」
「向こう寒かった?」
「…ああ。海が近いからな」
「前に行った時は夏だったけど、夜は肌寒かったもんね」
直人の親指が、誘うように惺の手を探っている。平然として前を向いている直人にドキドキしているのは、惺の方だ。
惺が身体を近づけ、歩きながら少しだけ体重を預けると、直人が耳元で囁いた。
「手を離して肩抱くのと、このまま歩くのと。どっちがいい?」
そろりと絡んだ指を離し、思わせぶりに惺の手を弄る。直人の指先に愛撫の熱を感じて、惺は僅かに息を吐いた。
「惺…どっち?」
「っあ…あ」
「そんな声、出さないでよ。まだ手を触ってるだけだよ」
からかうように笑われても、惺には反論する余裕がない。触れ合う手が生み出す熱でどうにかなりそうだ。
「直人、このまま…」
「ん。じゃあこのまま歩こうか…車を停めてる所まで、ちょっと距離があるんだ」
「…どこ?」
「第一駐車場の端っこ。我慢できる?」
「な、お…」
「我慢してね…惺だけじゃないよ」
人差し指の爪をきゅっと強くつままれた瞬間、惺の身体がびくんと震える。
僅かに頬を染めている自分を恥らうように、下を向いて歩く惺にとって、車までは遠すぎる長い距離。
10分くらい歩いて、ようやく人気のない駐車場の端までたどり着く。
去年直人が買ったばかりの車に素早く乗り込んだ惺は、後部座席にコートを放り込んだ直人が運転席に座った途端、抱きついていた。