【第一話・あらすじ】 P:05


「そんな言い方は卑怯だろう?!」
「わしが卑怯なのは、よく知っているだろうに」
「だからって、こんな子供に…!」
噛み付く惺の手を、俺はぎゅうっと握っていた。何を言われたかわからなくても、じいサマが惺に俺を押し付けようとしていることはわかったから。
迷惑になるとか、困らせるとか、全然考えられなかった。ただ俺は必死に惺にしがみついていた。
「惺がいい!」
「だろうな」
「ちょっと待て!」
「俺、惺と一緒がいい!!」
引き離そうとする惺の手を振り払って、その身体にしがみつく俺を、結局惺は許してくれたのだ。
だって俺は、惺のことを正義の味方だと信じてしまっていたから。



「それにしても、じいちゃんはわかってたのかね?」
ファミレス。ナツが金持ちの息子とは思えないような行儀の悪さで、肘をつき俺を見ている。
アキとナツは笠原泰成の孫だ。一卵性双生児の二人をじいサマはなにかと可愛がっているし、二人もさばけた性格のじいサマに懐いている。
「何を?」
「直人がこんなんになるって」
「なんだよ、こんなんって…」
「こんな親離れできない、甘えたガキに育つってことだよ」
「だからっ!惺は親じゃないって言ってるだろっ」
惺のことは大好きだけど、親じゃ困るんだ。惺が俺の父親だったら、もっと色々ややこしく悩まなきゃいけないじゃないか。
「ねえナオ?惺さんのことはいいとしても、どうして最近、本家へ顔を出さないの?」
「そーだそーだ。恩知らずなヤツ」
「だ、だって…」
「おじい様も、随分寂しがっていらしゃるんだよ?この間も僕たちと一緒に来るんだと思ってたって、残念がっていらっしゃったから」
じいサマには感謝してるし、俺もじいサマのこと嫌いじゃないんだけど。黙りこくっている俺の前で、ナツがに口元を歪めた。
「ほんとお前、ガキ」
「なんだよっ」
「気に入らねえんだろ?じいちゃんと惺さんのこと」
「っ!………」
「ナツやめなってば」
「馬鹿じゃねえの、お前。惺さんとじいちゃんが仲いいからって、嫉妬するか?」
それはわかってるんだけど。
惺とじいサマはすごい仲良くて、いつもなんだか不機嫌そうに表情を変えない惺が、唯一笑って話すのがじいサマ。親子以上に年の離れた二人なのに、まるで親友みたいに話してる。
二人の姿を見るの、ガキの頃は疎外感を感じて寂しかった。でも今はなんか、辛い。
じいサマが特別だって言われているようで、無性に悲しくなるんだ。
「なあ…じいサマと惺がいつ知り合って、なんで仲いいか、ホントに知らねえの?」
「知らねえ」
「ホントに?」
「しつけーよ」
「僕たちが惺さんのことを知ったのは、惺さんがナオを引き取った後だから。それ以前のことは本当によく知らないんだ…ごめんね」
「なんでアキが謝んだよ。つーか、お前が勝手にじいちゃんからでも、惺さんからでも聞けばいいじゃん」
「だって教えてくんないし」
「じゃあとっとと諦めれば」
「ナツ!いい加減にしないと怒るよっ」
アキにたしなめられ、ナツは不機嫌そうに黙ってしまった。俺もため息をついてしまう。ナツの言い方はキツいけど、言ってることは正しい。
昔のことなんか、聞いたって仕方ない。でも悔しくて、少しでも二人の中へ入りたくて、最近は心がざわざわするんだ。
「あの…ね、ナオ?本当に聞きたいことなら、きっといつか話してもらえるよ」
「うん…」
「あんまり焦らないで。ね?」
「うん。わかった」
ほっとした様子のアキが、にこりと笑ってくれる。
「ねえ帰りたくないなら、うち泊まる?惺さんに連絡すれば、許してもらえるんじゃないの」
「え?もうそんな時間?」
慌てて携帯を見れば、時間は21時。俺はわたわたと立ち上がった。
「ごめん、もう帰る」
「なんだよお前、アキがこう言ってんだから、泊まってけばいいじゃん」
「でも惺に言ってこなかったし、仕事中に電話して邪魔したくないし。惺のこと一人にしたくないからっ!ごめん、付き合ってくれてありがと」
「じゃあ、また学校でね」
「うん、明日!」
足早に金を置いてファミレスを飛び出した俺は、後ろでナツが「あれって惺さんより直人の方が過保護って感じだよな」と言っていることを知らなかった。