二度目からは絶対に俺のベッドでしか、身を任せてくれない惺。抱いている間、背中を抱き返してくれる手も、名前を読んでくれる声も、甘くて蕩けそうなのに。終わった途端、惺は冷たくなる。
黙ってベッドを抜け出し、朝には何事もなかったかのように。
俺はどんどん混乱していた。困惑といってもいい。だって、惺の気持ちがわからない。
どうしていいかわからない。俺は惺のことを知らな過ぎる。今まで付き合ってきた人とは、どうだったんだろう?何より惺には、過去に恋人と呼べる人がいたんだろうか?少なくとも俺は、惺に会ってからそんな存在を感じたことがなかった。
ふと思い浮かべたのは、じいサマのこと。
笠原のじいサマは、誰より惺を知ってる。惺は誰にも見せないような笑顔で、じいサマと話していることがある。
俺は迷いに迷って、笠原の家へ行った。
最初は、惺の過去を聞きだすつもりだけだったんだけど。俺の顔を見た途端、じいサマは「惺を抱いたのか」と言い出した。
驚いた。どうして知ってるんだろうって。
惺に聞いたのかと問えば、じいサマは忌々しそうに「顔を見ればわかる」と言っていて。
惺のことを教えて欲しいと頼んだ俺に、何かを考えていたじいサマは、急に痣のことを話し出した。同じ形の痣があること、お前は気づいているか?って。
もちろん知ってる。星型の痣。
俺にはまるで、運命のように思える同じカタチ。
じいサマは少し笑って、苦労したよって言う。
「身体のどこかに星型の痣なんていう、曖昧な条件で世界中からたった一人を探し出すのはな。笠原の力を持ってしても、時間がかかった」
「どういう、意味?」
「出会った二人に同じ痣があったわけじゃない。直、お前に星型の痣があるのはわかっていた。その上で、惺はお前を引き取ったんだ」
「じいサマ?」
何?何を言ってる?
意味がわからないよ。
言葉の出てこない俺を見て「わからんかね?」とじいサマは冷たく笑っていた。
「お前さんはな、直。利用価値があるから、引き取られた。惺はお前を利用するために、手元に置いているんだ。身体ぐらい、好きにさせるだろうさ。惺にとって、お前を手放すぐらいなら何でもないことだろう」
怖いくらいに感情のない声。俺は何も言わず、笠原の家を飛び出していた。
【ACT:5】
笠原の家を出たら、雨が降ってた。
歩き出してしばらくして、乗って行った自転車を忘れたことに気づいたけど。俺には戻るだけの勇気がなかった。
利用するためだ、というじいサマの言葉が、俺の頭をぐるぐると回ってる。何の価値があって、どんなことに利用するのか、俺にはわからなかったけど。でも何も言わずに身を任せてくれる、惺の行動を説明するには十分なように思えた。
立ち止まって、暗い空を見上げたら、涙が溢れてきた。バカだな、惺。そんなことしなくても、俺は惺から離れないのに。
足元がぐらぐらしてる。信じていたものが、大好きだった全てが、手の届かないところへ行ってしまったみたいだ。
利用価値があるから、じいサマは俺を探したんだって言う。惺のために俺を探したんだ。俺が惺のと出会えたのも、助けてもらえたのも、運命や偶然じゃない。
惺が大好きなのは、当然のことだけど。
でも俺は、笠原のじいサマだって、ナツやアキだって、大好きだから。
手のひらを見た。今まで愛しかった惺と同じ形の痣が、俺を嘲笑っているみたいに思えた。
ぎゅうっと拳を握りしめて、家へ駆け込む。
ずぶ濡れで帰ってきた俺を見て、惺は驚いてるみたい。慌ててタオルを取りに行って、身体を拭いてくれる。どうした?って、泰成に車を出してもらえばよかったのにって、そう言ってくれるけど。俺には答えられなかった。
聞きたいことがたくさんあるけど。
怖くて何も聞けないよ、惺。
風呂に入れと言う惺が、ふと思い出したように俺の頬を撫でてくれる。
「それとも、このまま…する、か?」
今日もするんだろうって、小さな声。惺、惺…俺は今まで、どんなに惺を苦しめてきたのかな。
「いいよ」
「直人?」
「もういいよ、惺…」
「どうしたんだ」
「いいんだ、もう…惺に無理して欲しくない」
頬にあてられた手を引き離して、俺は自分の部屋へ逃げ込もうとしたけど。惺はそんな俺を引きとめて、無理矢理唇を重ねた。
どうしたんだろう?俺。そんな風にされても、全然どきどきしないんだ。
「身体、冷え切ってる」
「惺…」
「あっためてやるから…な?直人」
優しい声が、俺を追い詰める。そっと身体を撫でられても、苦しいばっかりだ。俺は惺をもう一度引き離した。
「もう、いいんだ」
「直人…」
「ここを出て行って欲しい?なら、そうするよ。惺が言うとおりにする。惺の言うことなら、何でも聞くから」
「お前、どうしたんだ?何を言って…」