【あらすじ】 P:03


「惺の思うようにすればいいよ…俺は、惺のためにいるんだから」
驚いた顔の惺をゆっくり部屋の外へ押し出して、俺はドアを閉めた。
ちゃんと、笑えてたかな?笑えてればいいんだけど。

ばしっと頭を叩かれて、俺はぼんやりと顔を上げた。珍しいぐらいに怒った顔で、ナツが俺を見下ろしてる。
「聞いてんのかっ!」
ナツにはよく怒鳴られるけど、こんなにマジギレの顔をされることはあんまりない。でも俺はぼんやりしたまま「ごめん、聞いてない」と答えた。

利用って、なんだろう。何に利用するんだろう?俺のこと。利用価値がなくなったら…俺はどうなるんだろう。
あの日から、そればっかり考えてる。

イライラした顔のナツを、アキが懸命に止めてくれる。俺はもう一度「ごめんなさい」と謝ったけど。二人の顔を見上げてたら、また泣きたくなった。
利用価値がなくなったら、俺はナツやアキとも会えなくなるんだろうか?
「ねえ、本当にどうしたの?ナオ…今日もご飯、全然食べてないね。昨日もだよ…」
下を向いてしまった俺のこと、アキが心配してくれる。黙って下ばっかり向いてる俺の腕を、ナツが掴んで無理矢理歩き出した。
引きずられるままに学食を出て、生徒会室に放り込まれた。昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ってたけど、ナツには授業に出る気なんかないみたい。
「とっとと吐けよ」
言われても、言葉なんか出てこない。庇ってくれるアキと、追求をやめないナツ。ナツはとうとう俺の前に立っていたアキを押しのけ、俺の正面に座り込んだ。
「惺さんと、なんかあったんだろ。どうしたんだよ、驚かないから言ってみろ。…無理矢理にでもヤッちまったのか」
鋭い指摘に俺は諦め、無言で頷いた。
「それで?惺さんに出て行けとでも言われたか」
「ナツ!やめなってば」
「それで諦めんのかお前は?」
「ナツ!」
諌めるアキの声。俺は頭を抱えて、ぎゅうっと自分の髪を握り締める。そうしたら、我慢してた涙がぼろぼろ零れてきて、止まりそうになかった。
「ナオ…泣かないで」
アキが隣に座って、背中を撫でてくれる。
「ったく…バカが」
ナツが反対側に座って、俺の頭を引き寄せてくれた。そのまま、ぽんぽんって。宥めるように、叩いててくれて。
二人の優しさに、俺はぽつぽつ起こったことを話すことにした。
無理に惺を抱いたこと。身体だけを任せてくれる惺に、気持ちをわかってもらえないこと。どうしていいかわからなくて、じいサマに相談したこと。それから、俺には何か利用価値があって、だから引き取られたんだって言われたことも。
アキがずっと背中を撫でながら、先を促してくれる。ナツは何も言わずに、最後まで聞いていてくれたけど。
利用価値がなくなったら、俺は二人にも会えなくなるかもしれないって、そう言った途端にため息を吐いた。
「バカだなホントに…お前は」
正面に座りなおしたナツが、俺の顔を見てぎゅうっと頬をつねってくる。
「なんでそれで、オレらと会えなくなるんだ?会いたきゃ会えばいいじゃん。もし嶺華をやめることになったって、携帯でもメールでも送ってくればいいだろ。それに…大体な」
つねった頬を、ぺしぺし叩いて。ナツは強気に笑った。
「あんま、じいちゃんを信じるなよ直人。あの人は若いのからかって遊ぶのが、趣味なんだから」
「そうだよナオ。おじい様がそんな風に言うの、おかしいよ」
「利用する気で引き取って、あんなにお前のこと可愛がるか?」
「おじい様はいつだって、ナオのこと気にしていらっしゃったよ?」
「惺さんを強引に説得して、旅行に連れ出してくれたのだってお前のためだろ」
「毎年ナオの誕生日には、ナオの欲しいものを贈って下さるじゃない」
「お前なあ、あの人に何人ぐらい孫がいると思うんだ?でも自慢じゃないが一番可愛がられてんのはオレらだぜ?」
「その僕たちと同じくらい、おじい様はナオのこと可愛がっていらっしゃるよ」
二人が言ってくれる。俺も今までのことを思い出していた。じいサマはちゃんと俺を可愛がってくれたし、それは絶対に嘘じゃないはずだ。
「なんか、あるよな」
「そうだね…僕も何かあると思う」
「よし、お前、今からじいちゃんに聞いて来い」
授業なんか気にするな、と言うナツと、鞄はあとで届けるから、と言うアキに、強引にタクシーへ押し込まれ、俺は笠原の家に向かった。



【ACT:6】

もう一度じいサマの前に立って、俺は「教えて」と訴えた。
「俺には何の利用価値があるの?惺は俺をどうしたいと思ってるの?」
じいサマはそれには答えずに、しばらく俺の顔を見ていた。あの時は怖くて、下ばかり見てたけど。俺はもう目を逸らさなかった。