じいサマと惺が救ってくれた命だ。なんの利用価値があるか知らないけど、ずっと二人は俺のことを見守っててくれた。大事にしてくれたのは、誰より俺が知ってる。
「聞いて、どうするんだ」
「その通りにするよ」
「お前はそれでいいのか?」
「だって、惺とじいサマが望むことなんだよね?じゃあそれでいい。惺が幸せになるなら、もうそれでいいんだ。俺はいっぱい惺から、幸せを貰ったから。俺の気持ちなんか、後回しでいいよ。惺の幸せそうな顔を見られるなら、惺が何かを俺に望んでるんだったら、俺はどんなことでもする。命に関わることでも、自分の気持ちを全部封じることでも、なんでもいい。…じいサマが、手を貸してるのに。それで惺が幸せにならないなんてことは、ないんだろう?」
じいサマが惺を一番大事にしてるのも、わかってるから。じいサマが知っていて、力を貸したんならそれはきっと、惺の幸せに繋がってるはずだ。
俺の言葉を聞いて、じいサマはため息を吐いた。しばらく黙って、それからじいサマは一冊の本を開いて、俺に差し出してくれる。
「なに?」
「そこに、一人の男のことが書かれているだろう?読んでみなさい」
指差されたところには、確かに「私を助けてくれた人」という言葉がある。中世ヨーロッパの、俺には名前のわからない、政治家か何かの回顧録らしかった。彼を支え、ずっと助けてくれたという東洋人の話だ。ざっと目を通し、コレが何?と俺は顔を上げた。
「それは、惺のことだ」
「え?…でも、これ…」
何百年も前の本なのに。
「惺はな、ずっと長い時間を生きている。それこそ、わしの何倍もの時間だ」
「……は?」
「信じられんかね?では、これはどうだ」
次に見せてくれたのは、一枚の写真。古い写真に、惺が写っていた。となりにいるのは、じいサマによく似た若い男。
「わしだよ」
「え?!じいサマ?」
「ああ…もう、何年か。五十年ほど前になるかな。嫌がる惺を無理矢理説き伏せて、一枚だけ撮ったのがそれだ」
疑う余地もない。見れば見るほど、惺の隣に写っている人はじいサマだってわかる。それでも俺には、じいサマの言うことがよくわからなかった。
これが惺?今と少しも変わらないのに?
「惺は、死なんのだ。傷を受けてもすぐに塞がり、病に冒されることもない。老うこともなく、何も変わらぬ姿のまま、何百年という時間を生きている。その惺が、唯一開放される手段。それが受けた呪いと同じ形の痣を持つ者に出会い、千夜を共にすること」
「夜を…?」
「わからんほど子供でもあるまいに。惺を抱いたのだろうが?」
かあっと赤くなった俺は、初めて視線を落としてしまう。じいサマは面白がって笑っていた。
「わしが相手なら、良かったのだがな」
「じいサマ…」
「残念ながら、わしにその刻印はないからの」
俺は手のひらの痣を見た。
星の形の、惺と同じ痣。
やっぱりこの痣は、惺と俺を出会わせてくれた運命なのかもしれない。
「じいサマ…この写真、借りてもいい?ちゃんと返すから」
「お前にやるよ、直…」
少し疲れた声のじいサマに頭を下げ、俺は惺の待つマンションへ向かって駆け出した。
じいサマの言葉を全て信じたわけじゃない。本当のところ、半信半疑という感じ。でも、だからこそ俺は、すぐにでも惺に会いたかった。
家にたどり着いて、惺の部屋のドアを開けた。いつもより早く帰ってきた俺が、最近は口を利かなかった俺が、急にドアを開けたから。惺は驚いたみたいだ。
「惺のこと、教えて」
不躾に言って、俺は惺にじいサマからもらった写真を見せた。みるみる惺の顔が青ざめていく。
「本当なの、惺」
「言ってることがわからないな」
「誤魔化さないでよ。ねえ惺…ちゃんと教えて」
問い詰めるのに、惺は答えてくれない。俺を押しのけて出て行こうとする惺と、引きとめる俺は揉み合いになって、倒れこんだ。
「惺っ!」
スチールデスクの角が見えたから、俺は咄嗟に惺を庇ったけど。惺の頭を抱えたせいで、かろうじて頭はぶつけなかったものの、惺は左手を思い切りそこへぶつけてしまった。
「痛っ…」
「惺、だいじょ…ぶ…」
赤く流れる血を見て、俺は思わず惺の手を握り締めた。嫌がる惺を抱き竦めて、その手をじっと見つめる。俺の視線の先で、傷はゆっくり塞がっていった。指先で血を拭ったら、そこに今傷があったなんて、信じられないくらい、綺麗な肌。
「ほんと…なんだ…」
呆然とする俺の腕を抜け出し、惺は青い顔で俺を見下ろしていた。
「気持ち悪いだろ」
自嘲的な言葉に、俺は首を振ったけど。驚いてしまって、立てやしないんだ。
「不気味だろう?正直に言えばいい。泰成に何を言われたか知らないが、忘れてしまいなさい。お前が気にすることはないんだ」
「なんで?!惺が解放されるには、俺が必要なんだろう?だったら…」
「お前じゃなくてもいい」