―――今すぐじいちゃんが死んだって、オレらは一銭の得にもならないだろ。いっそ泣き喚く分、マイナスなんだぜ?だからせいぜい長生きしろよな。
ナツがそう言ってるの、聞いたことがある。
二人ともさばけた性格のじいサマに懐いてて、何かといえばじいサマの屋敷へ遊びに行ってるから、嶺華祭にも「来て!」って二人がねだったんだろうな。
「そうだ…ナオ」
「なに?」
「ねえ最近、おじい様のところ行ってないんだって?」
アキに言われて、俺はびくっと身体を引いた。
「あ…えっと…」
「嶺華祭のことでおじい様のところへ行ったとき、ナオが来ないこと残念がってらしたよ」
「…先週?」
「そう。ナオ、用事があるからって、一緒に来なかったでしょ?」
「うん…ごめん」
「元気にしているのか、って。気にしていらっしゃったから」
「……うん」
「電話もしてないの?中等部の頃は、毎週みたいに行ってたじゃない」
「そう…だね…」
確かに俺は、最近じいサマを避けてる。家にも行ってないし、声も聞いてない。
どうしたの?って聞いてくれるアキからぎくしゃく視線を逸らしたら、そこには少し不機嫌そうなナツの顔があった。
黙って俺とアキのやりとりを聞いてるけど、目が合うと途端に肩を竦めてしまう。
「…アキ、ほっとけよ」
「だって」
「直人の間抜けさなんか、今に始まったことじゃないだろ」
俺の気持ちをわかってるような、ナツの言葉。思わず下を向いてしまった。
「なんでそんな、ヒドイこと言うの」
「本当のことだろうが」
「ナツ、いい加減にしなよ?」
「お前こそいい加減、こいつを甘やかすのヤメなって」
「甘やかしてるわけじゃないよ。ただ、もし理由があるなら…」
「聞いたって、仕方ねえ」
「ナツ!」
咎めるアキの声に、ナツはますます不機嫌な顔になって。テーブルに肘をつくと、俺の顔を覗き込んできた。
「間抜けだよなあ?直人。お前だって、自分でわかってんだろ」
「…………」
「見当違いな嫉妬して、拗ねてること。自分でわかってるよな?」
わかってる……わかってるよ。
でも、どうしようもなく、じいサマの顔を見るのが辛いんだもん。
黙りこくる俺に、あてつけみたいなため息をついたナツは、苛立たしそうな様子で立ち上がった。
「惺(セイ)さんとじいちゃんが仲いいからって、お前が拗ねるようなことか?!いつまで惺、惺って子供みたいに同じことばっか言ってんだよ!」
ばん!とテーブルを叩かれて、俺は身を竦めてしまう。慌てたアキが「ナツ!」って俺を庇って諌めてくれたけど、気が立ってるナツは止まらない。
「惺さんだけでいいなら、オレらを頼んじゃねえよ!甘ったれんな!」
「言いすぎだよナツ!」
「うるせえよアキ!お前もいちいち直人の肩持つんじゃねえ!」
ナツの顔が怒りで少し紅潮してる。
キツい言葉だけど、そんな風に言われても仕方ないんだ。
今日は惺と一緒に夕食が食べられないからって言って、二人に付き合ってくれるよう頼んだのは、俺だから。なのに俺はさっきまで、二人の話を聞いてもいなかった。
「…ごめんなさい…」
そう呟くと、ナツは荒げてた言葉を飲み込んで、後ろを向いた。
「ナツ!」
「いちいち怒鳴んなよ…飲むモン、取りに行くだけだ。ほら、お前らもグラス貸せ」
ナツはそのまま、三人分のグラスを持って奥のカウンターへ歩いて行ってしまった。
下を向いてる俺は、きつく唇を噛み締めてないと、こんな人の多いところなのに、情けなく泣いてしまいそうだ。
「…ごめんね、ナオ…。ナツはもっと自分のことも見て欲しいって、そう言いたかったんだと思うんだよ。…ナツのこと、許してあげてね…」
頭を撫でてくれるアキの、優しい声を聞いてると、ほんとに泣きそうで。
俺はぎゅうっと、目を閉じていた。
惺は、俺を引き取って育ててくれているひと。
フルネームは藍野惺って俺と同じ苗字なんだけど、惺は俺の親戚じゃないみたい。出会うまでの彼のこと、俺はあんまり知らないんだ。
一緒に住んでるけど、惺の素性や過去に関して、本当に何も知らない。
……でも俺は、惺のことが大好きで。
惺がいない世界なんて、考えられないくらいに、心の全部を惺に支配されてる。
今でもしょっちゅうナツに「抜けてる」と言われる俺だけど、子供の頃はもっと間抜けなガキだった。
ほんとに。
だって、自分が両親に捨てたれたことにさえ、気づかなかったくらいなんだから。
十八年前、若い両親がデキちゃった結婚して生まれたのが、俺。
二人は遊びたい盛りだったらしくて、今ではもう曖昧になってる遠い記憶だけど、俺は両親の仲が良かった姿というのを、見た覚えがない。
最初に父さんが、ある日突然、帰ってこなくなったんだ。