【君が待っているから@】 P:09


 じゃあ、持って行く前に自分で一つ食べてみるのはどうだろう?そしたらびっくりするぐらい不味くても、惺に渡さなければいいんだし。
 意を決して……とまで言ったら大げさかも知れないけど、俺はいそいそと惺のためにおにぎりを作ってみることにした。

 ひとつ握ってみて、気づいたこと。
 火傷しそうに熱いし、手にご飯がついて、すごい握りにくい。形だって全然整わない。やっぱり俺、なんか作り方間違ってるみたいだ。
 ああ、でもじゃあ、ラップに包んで握ればいいんじゃないの?そしたら手には付かないし、形も何とかなるんじゃないかな。惺が作ってくれるみたいな、きれいな三角にはならなくてもこの際、
目をつむってもらうってことで。

 惺は料理でも何でも出来るんだ。
 家事の一切に関して、完璧って感じ。だらしないところなんか、会ってから一度も見たことがない。
 とくに料理は、ほんとに何でも美味しいんだよ。俺、好き嫌いないもん。惺の作ってくれるものは、何でも美味しいから。
 美味しいよって言っても、そうかって無表情な声が返ってくるだけだけど。俺は感謝を込めて、毎日伝えるようにしてる。

 いそいそ作ってみたおにぎりは、あんまり美味しそうに見えなくて。惺のおにぎりを思い浮かべるだけで、軽く凹んだけど。でもせっかくだからと皿に並べ、トレイに置いてみる。お茶を注いで、隣に置いて。
 見た目は悪い……けど、ひとつ食べてみて、味はそんなに悪くないって思った。
 トレイを手にして、廊下に出て。惺の部屋のドアの前までたどり着いたものの、俺はノックの為に上げた手を止めてしまった。
 ……なんて言えばいい?
 邪魔だって、思われるかも。
 余計なことをするなって言われたら、どうしようか。それでも押し付けるほど、俺には勇気がない。
 しばらくトレイを持ったまま、ドアを睨んでた。入ってもいい?って、聞けばいいだけだよね。わかってるんだ。でも入るなって言われたら?
 俺さ、気づいちゃった。
 身体に悪いとか何か食べて欲しいとか、そんなの全部言い訳なんだね。俺はきっと惺の顔を見たいだけなんだ。
 惺は姑息なことを嫌う。
 俺の思惑に気づいたら、怒らせてしまうかも。
 どうしよう。
 どうしたらいい?
 ……迷いに迷った挙げ句、俺はその場に座り込んでしまった。

 ドアの隣、壁に背をつけて膝を抱える。壁を通した向こうから、惺の叩くキーボードの音が聞こえてくる。
 一方的な音ならテレビなんかより、この方がずっといい。だってそこに惺がいる証拠なんだから。
 俺って成長がないなって思う。
 小さい頃にもさ、こうしてドアの前で惺が出てくるのを待ってたことがあるんだ。そしたらしばらくして、惺が気づいて出てきてくれて。俺を抱きかかえて部屋の中に入れてくれた惺は、自分のベッドに俺を寝かせてくれた。
 早く寝なさいって、いつも通り冷たい声で言われたけど。俺は長いこと寝られずに、仕事してる惺の背中を見てたんだ。

 子供の頃は、ただ惺と一緒にいられるだけで、それだけで幸せだった。

 保護されてすぐのころ、俺の身体はなかなか元に戻らなくて、毎日この家と病院を往復してた。その時はずっと、惺が付き添ってくれてたんだ。
 初等部への転入手続きが済んでも、俺はまだ身体と心のバランスが悪くて、学校へ行けず毎日のように家にいた。その時も惺は、必ず視界に入るようなところにいてくれたんだよ。
 やっと学校へ行けるようになって。毎日惺のところへ帰ってくる俺は、頭一つ撫でてもらわなくても、優しい言葉で甘えさせてくれなくったって、ただ無邪気に惺が大好きで、日々が嬉しくて仕方なかった。

 ただそこに、惺がいてくれるだけで。
 俺は十分、幸せだったんだ。

 なのに今、俺は重苦しい想いを抱えて、迷ってる。
 毎日毎日、胸が苦しくなっていく。
 どんどん肥大していく想いが、幼い頃に抱いていた白いものと違っていて、それに気づくたびに俺は怯えてる。
 視界に惺がいるだけで、身体が熱くなるんだ。声を聞くだけで、ぞくっと背筋が震えてしまう。
 夜中にさ、何度も飛び起きるんだよ。
 夢の中の俺は、嫌がる惺を押さえつけてるんだ。暴れる両手を拘束して、惺の身体から服を剥ぎ取っている自分が恐ろしくて、泣きたくなる。でも夢の中の俺は、ただ狂ったような歓喜の中にいて、それをやめようとはしないんだ。組み敷いた惺が、あんなに嫌がってるのに。
 惺の上げる悲鳴に飛び起きて、それが自分の声だと気づいて。身体が夢で感じてた欲情に流されてるって気づいたら、俺には後悔しか残らない。
 ……バカだと、思うよ。
 俺は小さい頃と全然違う目で、惺を見てるんだ。その身体を抱きしめて、キスしたいって、思ってる。