「うん。あの、今年で惺と一緒にいられるようになって十年だから、その。節目っぽいし、一度だけ来てくれたら…嬉しいなって…思って…」
足元を見つめて言った俺は、どきどきしながら視線を上げた。
細い首に、きゅっと締められたネクタイは、落ち着いた色で惺にとても似合ってる。白いシャツとのコントラストがきれいだ。
その上へ視線をずらせて、惺の顔を見た俺は、驚いて息を飲んだ。
「惺…どうしたの?」
「十、年…?」
「そうだよ」
「…あの日から、十年も経ったのか?」
「うん。…どうしたの惺?俺今年、十八だもん。十年目だよ」
目を見開いて、俺を見つめてる惺の顔。どんどん青ざめていく。
俺、こんな惺を一度も見たことない。
「そんなに……?」
呆然と呟いた惺は、本気で心配になるくらい顔色をなくして俺の前に立ってた。
「そんなにって言うか、俺はもう惺と会う前より、惺と会ってからの方が、長く生きてるよ…覚えてなかった?」
俺を構成する時間は、惺と一緒の方がずっと長いよ。でもそれは、そんなに驚くことなの?
惺は俺の言葉に、すごい衝撃を受けたみたいで。唇を噛み締め、苦しげな様子で下を向いてしまった。
心配で惺のことを見てたけど、俺は人の気配に顔を上げる。近づいてくる自転車の人……惺、気づいてるかな。
「…惺」
「ああ」
返事してくれたから、大丈夫かと思ってたのに。呆然としている様子の惺が、動かない。……え?ちょ、ちょっと!
「っ!惺、危ないっ」
思わず俺は持ってた惺のコートを鞄の方へ持ち替えて、惺の肩を引き寄せた。
びっくりしてる自転車に乗った人が、睨むような目つきで見てるから。思わずスイマセン…と、頭を下げてしまう。
でもこの歩道、自転車の通行は禁止なんだけどな。
「はあ…びっくりした。惺、大丈夫?」
腕の中の惺を見ると、硬直してしまってる。俺はようやく自分のしてることに気づいた。
惺の肩を抱いて、自分の胸に引き寄せるなんて。したの、初めてだ……うわ、自覚したらどきどきしてきた。
「ご、ごめんね」
おろおろ腕を解いてみるけど、青ざめてる惺は動かなくて。肩が細いとか、腕の中にすっぽり入っちゃうんだとか、そんな余計なことを考えてる場合じゃないって、俺は頭を振る。
「あの、気分でも悪い?どこかで休む?」
「…気にするな」
「だって気になるよ…大丈夫?」
「ああ」
惺の手、震えてる。ぎゅうって、痛そうなくらい握り締めてる手が。
どうしたんだろう、って思って。俺はまだ抱き合うような位置から動かない惺の頬に、触れてみた。
「ねえ…どうしたの、惺」
目を閉じてた惺は、そっと目蓋を上げて俺の右手を見る。
その瞬間、なにか恐ろしいものでも見たように動揺して、いっそう青くなった惺は激しく俺の手を振り払った。
「っ…触るな!」
「あ、ごめんなさい」
「帰るぞ」
言うや否や、惺は踵を返して足早に歩き出す。置いていかれそうになった俺は、何がなんだかわからないまま、慌てて惺を追いかけた。