「金のことは心配するな。泰成にはお前が大学を出るまで、出来る限りのサポートをするよう頼んでおく」
「やだ…惺…っ」
「突然のことじゃない。あの冬の日に、お前と出会ってから。こうなることは、わかってたんだ」
惺の言葉に、俺はびっくりするくらいの勢いで頭が冷えていくのを感じてた。
「決めてたの?…ずっと?」
「ああ」
「俺のこと、そのうち放り出そうって。そう思ってたの?」
「しつこいよ、直人」
「俺だけが…信じてたの?」
俺だけが、ずっとそばにいたいって思ってたの?あの日、惺と出会えたことを奇跡だと思って。助けてくれた手を大事にしていたのは、俺だけ?
ふつっと、自分の中の何かが、弾けたように思った。
ゆらりと立ち上がった俺は、自分が何をしようとしてるのか、わかってたけど。でも止められるだけの余裕なんか、なくしてた。
「惺…」
八歳のときの、あの日の記憶が蘇ってたよ。今までどんなに思い出そうとしても、思い出せなかったのにね。
俺あの時、誰かに呼ばれたような気がして外へ出たんだ。
凍るように冷たい手すりに掴まって、這うようにして二階から道へ降りた。
右側へ歩き出したのは、声がそっちから聞こえたってわかったから。
惺の顔を見たとき、すごく懐かしいって思った。ああ、やっと会えたって。
理由なんか、知らない。
ただ俺は、そう思って。
ずっと止まってた何かが、動きだしたことに安心して、身体の力を抜いたんだ。
ねえ、惺?
また逃げるの?
俺は惺の顔に、右手で触れた。自分がちょっと笑ってるって、気づいてた。
惺と同じ痣のある、この手で惺に触るのが、惺を傷つけるって知ってるよ?だから惺には、右手で触れてあげる。
「その手で触るな」
案の定そう言って、嫌そうな顔で身を捩ろうとする惺を、俺は許さなかった。抵抗のために上がった手を掴んで、惺の顔から眼鏡を外す。
割れたら困るもんね?惺これ、似合ってるし。
「嫌だよ」
「…直人?」
「もう、逃がさない」
「何を言ってるんだ。部屋へ戻りなさい」
立ち上がり、俺から離れようとする惺を捕まえて。掴んだ腕を、パソコンデスクとは反対の方へ思い切り振った。
惺は強い力に逆らえず、ベッドへ倒れこんで。すぐに立ち上がろうとしたけど、そんなの許すはずがない。
覆いかぶさる俺は、怯えた色を見せる惺の顔を見て、知ってるって思った。
そうだね。
惺のそういう顔、何度も何度も夢に見たよ。悲鳴上げて、逃げようとする惺を押さえつけるの。もう慣れてるんだ。
「やめなさいっ!直人!」
「ねえ、惺…俺の手で触られるの、嫌なんだよね?」
「なにを…言って…」
ああ、なんか。
可笑しくてしかたないよ。
「暴れちゃダメだよ…怪我するから」
静かな声で囁いて、俺は惺が着ていたシャツを掴むと両側へ引き裂いた。
弾けた釦が顔に当たったけど、そんなの全然気にならない。怯えて震える惺の肌を撫で上げたら、かあって熱い何かが首筋を焼いたような気がした。
ねえ、惺。可笑しいね。
俺は惺に嫌われたくなくて、この十年あんなに必死だったのに。今は惺を傷つけることばっかり考えてるよ。
抱きすくめて唇を合わせたら、その甘さに気が遠くなって。でも惺に歯を立てられた瞬間、ぱっと顔を離した。
思い切り噛み付いたくせに。
俺の唇から血が流れたら、まるで自分が怪我でもしたみたいに惺は青くなって。思わず手を伸ばしてくれる。
近づいてきた惺の手を掴んで、俺は自分の口元を舐めた。
「やっぱり惺は優しいね…」
鉄の味が、舌先から脳髄まで侵食する。
そうしたら変に冷めてきて、やってることの異常さと不釣合いに、心が落ち着いてきた。
惺の全部を、俺のものにするけど。
いいよね?俺はもう、とっくに全部惺のものなんだから。
「やめ、なさい…っ」
俺の傷を見て伸ばしてくれた手。そこへゆっくりと舌を押し付ける。きれいなこの手に、ずっと触りたかったんだよ。
「直人、もうやめなさいっ」
「どうしたの?そんな声、荒げて。いつも冷静なのに」
「直人っ」
細い惺の両手を身体の両側へ押さえつけると、そのまま露になってる惺の胸へ唇を押し付けた。
身を捩って暴れるけど、もう惺の身長を頭半分以上追い越してる俺には、痛くも痒くもない。
ぷっくりしてるところを舌先でつついたら、すぐにこりって、固くなる。何度も何度も舐めたり吸ったりしてるうちに、惺の身体は震えて動きが鈍くなってきた。
「気持ち、いい?」
「っ…やめっ」
「ね、どっちが気持ちいい?言ってよ」
「なおと、もう…やめなさいっ」
右側の胸と、左側の胸と。交互に弄って惺の反応を見つめる。左側に歯を立てた瞬間、惺の身体が慄いて、ぎゅって竦んだのがわかった。