どのくらい時間が経ってるのか、わからなかった。ブラインドの下ろされた部屋の中じゃ、外の気配を感じられない。
時計に目をやったら針が四時を指していて、ようやく俺はとっくに日付が変わっていたことを知ったんだ。
ぐちゃぐちゃに汚れた惺の身体を拭き、脱ぎ散らかした自分の服を着て。ブランケットにくるんだ惺を抱き寄せても、その瞳が開くことはなかった。
部屋の壁に背中を預け、座ったままの俺は、惺の頭を自分の胸に押し付けて、抱きしめてる。
抱いている腕に、鼓動が伝わってた。
心配で目を覚まして欲しいって思うし、怖くて目を覚まさないで欲しいとも思う。
狂乱の夜が、明けようとしてる。
しだいに落ち着いてきたら、胸を占めるのは後悔ばかり。
自分のしたこと、ちゃんと覚えてるんだけど。なんでこんなことになったのか、よくわからないでいる。
惺に出て行けって言われて。
俺のこと、ずっと手放す気でいたんだって、そう言われて。
何かがぐらぐら揺れたんだ。
そうしたらどうしても今、惺が欲しいって思って、止まらなかった。
無性に惺を傷つけたかったんだ。
なんでそんなこと考えたんだろう。一番大切な人なのに。
ふうっと息を吐いたら、また涙が溢れてきた。……情けないな。泣きたいのは俺じゃなくて、惺のはずなのに。
痛かっただろうな、惺。
身体を拭いてあげたとき、どこかに傷でもつけたんじゃないかって思ったけど。惺の身体はきれいなままだった。
あんなに唇を寄せたのに、痕一つ残ってないんだよ。ただ俺の放ったものと、汗で汚れてただけ。それがとても辛かった。
痕が残らなかったのが、惺の拒絶を表しているようで。お前はただ汚しただけだって、責められてるみたいだったから。
身体に傷がついてなくても、俺は惺の心を傷つけた。
頼りなくて情けない、惺のお荷物。
出て行けって言われても、仕方ないのかもしれない。
でも俺は、こんな酷いことをしでかしても、それでもまだ惺のそばにいたくて言葉を探してる。
どんな言い訳も通じないのに。
子供の頃から、惺に言い訳を聞いてもらえたことなんかないのに。
あんなにも惺に止められて、言うことを聞かなかったのは初めてだ。
何度も何度も、やめなさいって言われたのにね。
言うべき言葉が見つからないよ。
惺との十年目を、俺は自分の手で最悪のものにしてしまったんだ。
ぼろぼろに泣けてきて、拭っても全然追いつかない。落ちていく涙が、惺の顔を濡らせてしまう。
指先でそれを拭いたら、惺の睫が少し震えた。
「…惺…」
小さく囁いた声に、反応したのかな。
ぼうっと開いた瞳が、何度かまばたきをしてから俺を映した。
惺は相変わらずの無表情で視線を上げ、俺を見た。腕の中でゆっくり、身体を起こしてる。
「惺…俺、あの」
「…何時だ」
「え?」
「今、何時だ」
聞かれた俺は、時計を見上げた。
「四時半、だよ」
「そうか」
「ねえ、惺…」
何か言わないとって、思うんだけど。俺が言葉を探しているうちに、惺はくるまってたブランケットを肩からまとって、ベッドを降りて行ってしまう。
「待って惺、聞いてっ」
「言い訳は嫌いだ」
「言い訳じゃないよ…だから、聞いて」
俺の声に、惺は振り向いてくれなかったけど。それでも足を止めてくれた。
「…惺が、好きだよ…」
あんなに悩んでたのが、嘘みたいだ。俺の口からは自然に、その言葉が零れてた。
言った途端、涙も零れたけど。
「酷いことして、ごめんなさい…俺は惺が好きなんだ…ずっと、惺だけ見てた」
ずっとだよ。
本当に、惺と出会ってからの俺には、惺のことしか見えなくなってるんだ。
「助けてくれたことや、育ててもらった感謝も、俺の中にはちゃんとあるけど。でも俺はそれ以上に、惺が好きなんだ」
ねえ、わかって。
お願いだから俺の言葉、聞いて。
言い訳じゃないよ。自分のした残酷な仕打ちは、謝っても許されないってわかってる。
どんなに責めても、詰ってもいいから。だから、俺の言葉を……
惺はゆっくり、こっちを向いた。その目に俺を、映してくれた。
眼鏡をかけてない惺を見るのは、久しぶりだなって。全然関係ないことを考えてしまう。それから、やっぱり惺は綺麗だってことを。
でも惺はいつもと何にも変わらない様子で、ため息をついたんだ。
「わかった」
「惺……」
「そういうのを、思春期の熱病と言うんだ。覚えておくといい」
いつも通りの、無表情で。
惺が吐き出した言葉。
俺は目を見開いて首を振ったけど、頭が真っ白になってしまって、咄嗟には声なんか出てこない。