二人が一緒にいる姿は、俺が馬鹿な嫉妬をするくらいなんだ。
惺が俺をじいサマの元に連れて行ったのは何でだろうっていうところから、どんどん俺の中に、疑問が広がっていった。
みんなに隠していた二人の関係を晒してまで、惺は俺をじいサマの元へ連れて行った。
じいサマに任せるつもりだったにしても、惺がじいサマを呼びつければ、今まで通り、誰にも知られないままだったかもしれないのに。
しかも惺は、そのまま俺をつれて帰ることになっちゃったわけでしょ?それが望まないことだったとしても。
じいサマはね、惺の言うことなら、大抵は聞くんだよ。そりゃ意地悪なじいサマだから、素直に了承したりはしないけど。
惺の頼みをきかなかったのって、俺を惺に引き取らせたことぐらいなんじゃないかな。でもそれは……何で?
俺がいま、惺と一緒にいる意味。
あんな風に俺を突き放そうとした惺が、それでも十年間、俺を手元に置いてくれた理由。
じいサマなら、きっと知ってる。
どうしてもそれが聞きたくて。
俺は午後の授業をサボって、久々にじいサマの元を訪れたんだ。
屋敷で働いてる人に案内してもらって、じいサマの部屋へ向かう。
開いた扉の向こうは、広い部屋。じいサマの書斎。何度も来てるから、この部屋はよく知ってる。
部屋の奥で大きな革張りの椅子に座ってるじいサマは、俺に気づかないのか、しばらくの間こっちを向かなかった。
なんか、小さな額に入ってる写真を見つめてるみたいだ。俺の方を見ずに、優しい顔でその額を見てたじいサマは、近寄って行くと顔を上げて、手にしてた額を引き出しに仕舞った。
「…それ、飾らないの?」
聞いてみるけど、曖昧に笑うじいサマは僅かに首を振って「よく来たな」って。
「飾らないの?写真みたいだけど」
もう一度聞いた。
せっかく額に入れて、あんな幸せそうに大切そうに、眺めるほどのものなのに。それを飾るつもりのないじいサマの様子が、妙に俺の心を引っ掻いた。
小さくても綺麗な造形の額は、まるで写真を守ってるみたいだ。
じいサマは今年八十歳で、最近ちょっと身体を弱くしてるって聞いてる。でも会ってみたら、そんな感じはしなかった。
深い皺が刻まれた顔には、生き生きとした力強さを感じる。
若かった頃は、きっとモテただろうなって思うよ。じいサマって町で見かけるおじいちゃんたちと、全然違うんだ。
太っても禿げてもないし、いつもしゃんと背筋が伸びててカッコいい。
テレビで見る俳優さんみたいなんだよ。それも日本のじゃなくて、洋画とかで見る外国の俳優さんって感じ。
子供の頃は、ナツアキと一緒にじいサマと遊ぶの、大好きだった。
ポーカーもチェスも、俺に教えてくれたのはじいサマ。子供と賭け事して、なけなしの小遣い巻き上げたりすんの。そういうじいサマの子供っぽいところも大好き。
俺だけじゃなく、勝負勘の強いナツでさえがじいサマには敵わないんだ。
子供相手に本気出さないでよって、俺たちがせがんでも、じいサマは「負け犬の遠吠えか」って笑って、一度も手を抜いてくれなかった。
じいサマは額を仕舞った引き出しの上の辺りを、コツコツ指先で叩いて、にっと口元を吊り上げた。
「誰だって、知られちゃ困る過去ぐらいあるだろうさ」
「じいサマみたいに、すごい人でも?」
だってこの日本でじいサマに意見できる人なんか、ほとんどいないのに。
「当然だろうが。わしをなんだと思っとるんだお前は」
「そうかな…じいサマだったら、何を知られても平然としてそう」
「わしが構わんと思っていても、誰かが迷惑するなら、知られん方が良かろう?」
「写真の人?」
「そんなところだ。しかしお前、学校はどうした」
午後の授業は休みだったのか?って聞きながら、椅子を勧めてくれるじいサマに、何も言わず肩を竦めて答えた俺は、指された椅子をデスクを挟んだじいサマの前まで持ってきた。
「困った子だの」
「そんなこと全然思ってないって、顔に書いてあるよ」
「まあな…わしも若い頃は、ろくに授業には出ておらんかった方だからな」
「じいサマも、嶺華(リョウカ)生だったんだよね」
嶺華学院は、俺もナツアキも通ってる学校。歴史が古くて、戦前からあるって聞いたことがある。
「……直?」
いつも通り、俺を直って呼ぶじいサマ。
どうでもいいことを話し続ける俺のことを訝しがってる感じの声に、顔が上げられない。
「うん」
「どうした」
「…うん」
覚悟してここへ来たつもりだったんだけど。いざ、じいサマの前に座ったら、俺は何から話していいのかわからなくなってきた。
どうしよう…何を話せばいいんだろう?
「ねえ、じいサマ…」