「そんなこと言わないで…じいサマ、ごめんなさい。俺、どうかしてるんだ。…最近惺は口聞いてくれないし、俺は自分のした酷いことに後悔するばっかりで、こんなこと誰にも話せないし、どうしていいかもわからないし」
俺が言い募る言葉の、どこかにはっとした顔で目を見開いたじいサマは、すぐに眉を寄せて苦々しい顔になる。
でも俺はこの時、自分のことに手一杯で、じいサマの変化に気づけなかった。
「惺と一緒にいたいんだ。出て行けって言われて、あっさり切り替えられるほど俺は単純じゃないよ。でも惺は何も話してくれなくて、ずっと辛そうだし。そんな顔見てられなくて」
「惺を抱いたのか」
唐突に聞かれて、思わずパニックになった。
「え…え?!お、俺…あの」
「どうした」
じいサマの頬が少し強張ってるように見える。俺は自分がどんどん赤くなってくのわかってたけど、冷静になんかなれなかった。これじゃきっと、バレバレだ。
「あ、あの…あの」
「ふん…聞くまでもないな」
「ご、ごめんなさ…」
「わしに謝るのか?なるほど、勢いで惺を犯して、それでも許されたい、一緒にいたいなどと、戯けたことを考えとるのか。随分な話だ」
「じいサマ…」
「馬鹿馬鹿しい!とっとと帰れ!」
怒鳴られて、びくっと竦んでしまった。
俺は長いことじいサマと会ってるけど、こんな風に頭ごなしで怒鳴られたのは初めてだ。
全部じいサマには、お見通しなんだ。
俺がやった残酷なこと、知られてる。
じいサマは忌々しそうに舌打ちをして、くるりと椅子ごと後ろを向いてしまった。よろよろ立ち上がった俺が、デスクに近寄っても振り返ってくれない。
「…ごめん、なさい…」
見当違いかもしれないけど、でも俺はそれしか言えなかった。
じいサマは本当に、惺を大事にしてる。俺はそれを、踏みにじったんだから。
「惺が好きなんだ…どうしようもなく好きなんだよ」
「…………」
「適当な想いとか、その場の勢いとかでやったんじゃないんだ。た、確かにあの時は頭に血が上ってたかもしれないけど…でも俺は、惺にわかって欲しくて…。やり方が間違ってたのは、認めるけど…」
何も聞かずに、俺の気持ちごと遠ざけてしまいそうな惺が、怖かったんだ。
苦し紛れの言い訳に聞こえてるかもしれないけど、でもそれだけは本当だから。
「惺が受け止めてくれたのか、そうじゃないのかすら、俺にはわからないんだ」
「くだらん」
吐き捨てるような、じいサマの声。
泣きたくなる。
「だって惺は、責めることも拒絶することもしないで、黙って俺とのこと続けるんだよ…出て行けって言ったのに、すごい後悔してる顔するのに、それでも傍にいてくれるんだ…」
俺ね、惺を最初に抱いた翌日、学校行って帰ってきたら、惺がいなくなってるんじゃないかと思ってた。それでも、静かな声で「学校へ行きなさい」って言われたら、俺には逆らうことも出来なくて。
帰って来て、惺の顔を見たとき、すごくほっとしたけど。でも同時に、不安で押しつぶされそうになったんだ。
惺が何を考えてるのか、わからない。
出て行けって言った言葉は何だった?自分が出て行くって言ったときの、あの覚悟した顔は見間違い?
惺がいなくなったらきっと、俺には探す手段なんかない。惺を探し出せるほど、俺は惺のことを知らない。
そんな勝手な気持ちを理由にして、必死に惺を繋ぎとめようと、酷いことをしたのは俺だけど。でも本当に惺が俺から離れたいなら、俺のいない間に出て行くことだって出来たはずだ。
「じいサマ…俺はどうしたらいいの…?」
喜んだらいいのか、悲しんだらいいのかさえ、答えを出せないよ。
情けない声で呟く俺を、じいサマはゆっくり椅子を振り返らせて見上げた。その表情は奇妙なくらい冷めていて、怒りも蔑みも感じられない。
「…じいサマ」
「惺の心には、拭いきれん傷がある」
「え…?」
言われたことが、最初は理解できなかったけど。何度も呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
傷?惺の心に、傷って……
「随分と古い話だがな。惺はその傷を今でも負って、癒せんまま生きている」
「何が、あったの」
「知らんよ。わしにさえ、話そうとはせんからな。ただあいつは死なせてくれと叫んだくらいに傷ついて、それでももがき苦しみながら生きている」
「…………」
「十年一緒にいて、気づかなかったのか?惺は驚くほど、人の傷に対して敏感だ。けして放っておけんのだよ。…死にかけている子供や、情けに縋ろうとする小僧をな」
それが自分のことだとわかって、俺は自分の血液という血液が、音を立てて引いていくのを感じてた。
俺……確かに、言った。
惺がいなくなったら死んじゃうって。
「な、んで…じゃあ、俺に出て行けって」