【君が待っているからB】 P:09


「…愛されたことがないから、どうやって人を愛したらいいのか、わからなくて。自分がいなくなることで惺を幸せに出来るなんて、思ってもみなかったんだ」
「っ!そんなこと、誰が…!」
 誰が言ったわけでもない。俺は首を振って、明るく笑った。
 惺がまた俺のことを心配して、足を止めてしまわないように。
「やっと、わかったから」
「直人!」
「まだ間に合うよね?…出来るだけ急いで金作るから、もう少しだけ待ってね」
 愕然とした顔で立ち竦む惺の前で、ゆっくりドアを閉める。そこまでが、気を張っていられる限界だった。

 しばらくの間、惺がドアを叩いて声を掛けてくれたけど、俺は何も返せなかった。枕に顔を押し付けて、嗚咽を殺すのに必死だったから。
 帰ってくる途中、ふと気づいたんだ。
 そういえば俺、愛されたことないなあって。……気づいたらなんか、ちょっと楽になった。
 母さんが仕方なく生んだ俺を、惺は同情して育ててくれた。
 優しさを勘違いした俺は、知らないものに触れたことで有頂天になって、気持ちを押し付けることを愛だと思い込んだ。

 愛してるって言葉はね、自分の中からすごく自然に生まれてきたものだったんだ。 惺を見てて、そばにいて。
 なんか普通に、あたりまえのように「惺を愛してる」って思ってた。
 でもそれって、間違ってるんだよね。
 惺のために出来ることを必死に考えてたとき、俺は自分が子供の頃、惺に逢いたくて俺は生まれてきたんだって、そう思っていたことを思い出したんだけど。
 勝手にそんな馬鹿なことを信じた、幼い自分に吐き気がしたんだ。
 俺の間違いが、そこから始まってるってわかっちゃったから。

 俺は何の目的もなく、とくに誰かに必要にされたわけでもなく生まれてきた。
 そうして親に捨てられたとき、通りがかった惺の手を、死に物狂いで掴んだに過ぎないんだ。
 ほんと、馬鹿みたい。
 でも寂しくてしょうがなくて、やっと見つけた居場所を手離したくなくて、惺の迷惑も省みず、欲しい気持ちばかりを押し付けた。
 離れて行こうとした惺の身体を、捕まえ犯して、必死に繋ぎとめようとしたんだ。俺は惺に、求めるばっかり。
 俺にとって、最高の十年だったけど。
 惺にとっては、最低の十年。
 だからさ、考えなきゃって思った。惺を幸せにするために、何か考えないといけないんだって。
 俺なんかに何が出来るか、わからなかったけど。出来ることを考えたんだよ。
 一つだけ確実に、惺を幸せにできることは……俺がいなくなること。
 わかったときは、泣き叫んだけどね。
 でもそういう情けない俺に似合いの、結果だって思った。
 
 
 
 朝が来ても、俺は全然眠れてなくて。
 目なんか真っ赤だろうなって、わかってた。泣き過ぎだよ、十八歳にもなって。
 そっとドアを開けたら、惺が同じように一睡もしていない様子でリビングにいて、驚いたけど。振り返った惺は、いつもと変わらない様子だった。
「…直人」
 名前を呼ばれたら俺、その場に固まっちゃったんだ。
 あと何回くらい名前、呼んでもらえるかなあって思ったら、返事なんか出来ない。……だって返事しなかったら、もう一度呼んでもらえるかもしれないじゃん。
 そんなこと考えるなんて、ほんと俺、馬鹿だよね。
「高校には、行きなさい」
「惺…」
 それが惺の答え?
 ほんとに優しいね。
「何を考えているのか知らないが、とにかく高校は出ておきなさい」
「…あのさ。嶺華の学費って、高いんだ。とてもじゃないけど、三年まで通ったら返せないし。どうしてもって言うなら、落ち着いてから定時制の高校にでも通うよ」
 嶺華学院は、ただの私立じゃないから。でも惺は厳しい表情でため息をついた。
「いまさらだろう…あと一年半だ」
「そうなんだけど」
 一日でも早く退学したら、一円でも助かるじゃん。言おうとしたのを遮るように、惺は立ち上がって、俺に向き合った。
「ナツくんとアキくんの迷惑を考えたか?お前を嶺華へ入れる際に、後ろ盾となった泰成の顔にも泥を塗ることになる」
「そっか…そうだね」
 ナツの自信満々な笑顔や、アキの優しい笑顔が思い浮かんで、俺はまた泣きたくなる。あの二人も、惺に出会ってから手に入れた宝物だから……返さなきゃいけないんだよね。
 変だな。なんか、今の俺ってすごい冷静なんじゃない?こういうのも、開き直ったっていうのかな。
「他には何かある?」
 出来るだけ明るく聞いた。惺は眉を寄せて、俺を見てる。
「何でも言って。俺に出来ることなら、全部するから」
「なら、在学中にアルバイトをするような真似はやめなさい。勉強が疎かになる」
「それは無理だよ」
「直人っ」