【君が待っているからC】 P:04


 どっかってアキとは反対側に座ったナツが、俺の髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。
「何があったか、言えないのか?」
「ナツ…」
「ここのところ、バイトを始める前からずっと様子がおかしかったよね。どうしたの」
 心に抱えてるものが、暴れてる。全部吐き出して聞いてもらいたいって、また子供みたいな我がままを言ってる。もう誰にも迷惑かけないで生きていこうって、決めたはずなのに。
 俺は首を振って、押し黙った。
 いま口を開いたら、歯止めが利きそうにない。
「…惺さんのことだろ」
 また言い当てられて、俺はびくっと震えてしまった。愕然として顔を上げたら、ナツが苦笑いを浮かべて俺を見てた。
「どう、して…?」
「お前がそんなに悩むのなんか、惺さんのことぐらいじゃん」
「あ…」
「どうした。…好きだって、言ったのか」
 ナツは震えて黙ってる俺のこと、アキと同じ優しい手で撫でてくれた。
「それとも、押し倒してヤッちまった?」
 あっさり言われた言葉に、俺はさあっと青くなる。そんな俺の表情を見て、ナツには全部わかっちゃったみたい。ふっと優しい笑みを浮かべてた。
「ちょっとナツ、そんな言い方しなくてもいいでしょ」
「どう言っても同じことだろ。…あのさあ直人?オレら二人はどう転んでも、お前の味方なんだよ」
「ナツ…」
「惺さんには悪いと思うけど、オレらはお前がどんなに惺さんを好きか知ってるからさ…。責めたりしないから、言ってみろ」
「大丈夫だよ?僕たちは何を聞いても、ナオの辛い気持ち、わかってあげられると思うから…」
 二人の言葉に、俺は顔を伏せた。
 ずっと一人で抱えるだけで、行き場がなくてどうしようもなかった気持ちが、零れていってしまう。
 男がすぐに泣いたりするの、情けないってわかってるのに。ナツとアキが絶対に庇ってくれるってわかったら、溢れる涙を止められなかったんだ。
 
 
 
 惺に突然、出て行けといわれたこと。
 頭に血が上って、惺を押し倒したこと。
 どうしても離れるのが嫌で、身体だけの関係を迫ったこと。
 俺の話は、相当ダメダメだと思う。でも二人は辛抱強く、宣言した通り一言も責めずに聞いていてくれた。
 惺のことがわからずに、じいサマを訪ねたこと。
 ……そして、話の途中で俺のやった残酷な行為に、じいサマが気づいたことを。
 じいサマはそのとき、惺の心には深い傷があって、可哀相な存在を放ってはおけないんだて話してくれた。
 しかも惺には、ずっと探してる「結ばれるべき人」がいるって言われたんだ。
 惺はその人のことを、すぐにでも探しに行きたいはずなのに、俺という存在が足枷になっていて、身動きできずにいるんだって……わかって。
 俺は少しでも早く、惺を解放してあげたいと思った。
 何にも出来ることがないから、せめて惺から離れてあげなきゃって。
 じいサマが俺にくれたもの、惺が俺にくれたものを、ちょっとでも返さなきゃいけないことに気づいた。
 だから、バイトを始めたんだ。
 今の生活も、ナツやアキも、全部全部貰ったものだから。返さなきゃって。
 でもそれを告げたら、どういうわけか惺が俺にキスするようになって。何の説明もない惺の行動に、答えが見えなくて。
 早く離れなきゃいけないっていう焦燥感と、このままずっと惺の傍にいたいっていう我がままが、同じくらいの力で俺を責め始めたら……ものが喉を通らなくなった。

 全部話した俺の頭を、ナツが引き寄せて肩の辺りに押し付けてくれた。
「まったくお前は…そんな大変なこと、ずっと一人で抱えてたのかよ」
「苦しかったね…気づいてあげられなくて、ごめんね…」
 背中をさすってくれるアキの手があったかい。その温かさがじわって染みてきて、話しているうちに止まったはずの涙は、また溢れてきてしまう。
「…ごめん、なさい…」
 こんな話を聞かされて、困ってるだろうに。そんなことを一言も言わない二人の優しさが、身体に染み込んでくる。
「謝ってる場合か。大体な、お前が惺さんの元を離れるって話と、オレらのことを一緒にすんなよ。なんだ返すって?」
「そうだよナオ…僕はおじい様に言われたからって、ここにいるわけじゃないよ」
「最初にオレらとお前を会わせてくれたのは、確かにじいちゃんだけどさ」
「遊んで喋って、たくさんの気持ちを一緒に育てたのは、僕たち三人でしょ」
 笠原の屋敷の庭を駆け回って遊んだり、夜中まで話してて怒られたり。ナツアキと一緒にいたささいな、でもたくさんの記憶は、俺の中にも蘇ってきた。
「うん…」
「携帯だってメールだってあるだろうが。万が一お前の言う通り、直人が嶺華を辞めて惺さんのとこを出たとしても、会いたきゃ会えばいいじゃん」
「っていうか、僕は会いに行くよ」
「…オレも行くんだろ、それ」