「僕が行くって言ってるのに、ついて来ない気なの?ナツ」
「行きますよ、お供します」
「当たり前でしょ」
ふざけたように言って、笑いあう二人にほっとして、俺にも少し笑みが浮かんだ。
そうだよね。
何があっても、こうして二人が俺を心配して、頭を撫でて背中をさすってくれること、疑ったりしちゃダメなんだ。
「俺も…」
「うん?」
「俺も、ずっと二人と仲良くしてたい」
ちょっと恥ずかしい俺の言葉に、ナツはいつもの勝気な顔でにっと笑った。
「こうなりゃ腐れ縁だな。ジジイになるまで面倒見てやるよ」
「ナツ、偉そう」
「なんだよ?昔っからびーびー泣いてる直人の面倒は、オレらが見て来ただろ?」
「そもそもナオを泣かせるのは、いつだってナツなんだけど?」
「あれ…そうだっけ?」
「そうだよ。僕が忘れてないこと、忘れたとでも言うつもり?」
「直人お前、覚えてる?」
「…忘れた」
忘れちゃったよ、そんなの。
ナツにからかわれて泣いたことや、怖い話聞かされて泣いたことなんかね。
笑って答えた俺を指差して、ナツが立ち上がる。
「な?ほら。な?」
「もう…あんまりナツを甘やかさないでよナオ」
アキがふくれた顔でナツを睨むと、立ってるナツは肩を竦めて背を向けた。そのまま生徒会室の端に置いてある冷蔵庫まで歩いて行って、何かを手に戻ってくる。
「そんなけ喋ったら、ちょっとは食えるんじゃねえの」
渡してくれたのは、カップに入ったプリンとスプーン。確かに現金かもしれないけど、これくらいなら食べられるような気がする。
ナツは俺の頭を撫でてから離れて、自分のために持ってきたミネラルウォーターを、半分だけペットボトルからグラスに移した。自分はそのままボトルに口をつけて、グラスの方をアキに渡してる。
ナツは必ずこうして、アキのことを大事にするんだ。変わらない二人の様子を嬉しく見つめながら、俺もプリンのフタを開けた。
一口すくって食べてみる。
甘いプリンを食べるのが久しぶりってのもあって、すごく美味しい。
「ゆっくり食えよ」
「うん」
嬉しくて美味しくて、思わず笑顔になってしまう俺のこと、ほっとした顔で見つめたナツは気を取り直したように、真剣な顔になった。
「さて…なあアキ。お前なんか、直人の話聞いて、違和感を感じなかったか?」
「へ…?」
向かい側の机の上に、行儀悪く座り込んでるナツが、何を言い出したのかわからなくて。俺はスプーンを咥えたまま首を傾げてしまった。
「もちろん。おかしいことだらけだよね」
「え…え?なに、どこが」
惺の行動は理解できないけど、二人が言うのはそういうことじゃないみたいで。
「直人、冷静に考えてみろよ。なんで急に惺さんは、お前に出て行けなんて言ったんだ?」
「だからそれは…」
十年も俺を手元に置いておくつもりじゃなかったって。
「しかも高校卒業するまでは、ここにいていいとか。おかしいだろ」
「そうだよね。だったら卒業式の前とか、せめて三年になってから言えばいいのに」
二人が言うから、俺は「心の準備じゃないの」って答えたんだけど。ナツもアキも納得してないみたいだ。
「新しい家はじいちゃんに用意させる。金の心配もしなくていい。…ならもっと早くても良かったはずじゃん」
「中途半端なんだよね、時期が」
「直人が了承しないのなんか、当たり前のことだろ」
足を組むナツは、それだけじゃないと言い募る。
「そもそも、じいちゃんの言ってることがおかしいんだ」
眉を寄せて、腕を組んでるナツの姿。
アキと同じ造形なのに、ナツはじいサマに似てるなあとか、関係ないことが頭を過ぎった。
「惺さんの心の傷の話はともかくとして、結ばれるべき相手って何だよ」
「え……?」
「恋人でも、奥さんでもなく、結ばれるべき相手って表現、使わないよね普通」
「使わねえよ。それって相手が誰だか、惺さんにもわかってないみてえじゃね?」
「世界のどこかにいる、自分が結ばれるべき相手って…フリーの人なら誰でも探してるんじゃない?」
「なあ、そうだよな。じいちゃんがそういう、曖昧な言い方すんのって、珍しいっていうよりオカシイ」
思ってもないことを言われて、俺は食べ終わったプリンのカップを机の端に置いた。
「おかしい…かな?」
「おかしいよ。小説みたいな表現だもの。おじい様っていつも現実的で、はっきりしたもの言いをなさるのに」
腕を組んで難しい顔をしてたナツは、ぱっとそこから立ち上がって、俺の隣に座るアキと目を合わせた。
「…何かあるよな」
「僕もそう思う」
「何かって…なに?」
ぽかんとしてる俺に、二人は深刻な顔のまま頷きあってる。
「…ナツ?アキ?」
置いてかないでよ。
俺、全然話が見えないんだけど。