最初から白黒で、さらに長い時間を経て、だいぶ色の変わってしまってる写真。
惺の肩を抱いて笑ってる、惺より若い男の人は、見覚えがあるようにも思うけど。
思い至った答えがあまりにも突飛な発想で、俺は頭を振った。
「いい男だろうが?」
「うん…そうだね」
確かにその人は、彫りが深くてかっこいい。黒髪をゆったり後ろに流してて、逞しい身体を古いデザインのスーツに包んでる。
惺の隣にいても全然見劣りのしない、存在感のある人だ。
「それは、わしだ」
はっきりとした、じいサマの言葉。
でも一瞬のうちに、頭が真っ白になってしまって。言葉の意味がよくわからない。
「なに…どういう…?」
「もう六十年も前になるか。嫌がる惺を説き伏せて、一枚だけ撮った写真。そこに映っているのは、わしと惺だ」
隣の男から肩を引き寄せられ、不本意だと文句を言っているのが聞こえてくるような表情。
今と何一つ変わらない、惺の姿だった。
「え…え?なに、どういうこと…待って俺よく、意味がわからないんだけど」
うろたえる俺に、じいサマは笑いかけていた。
「惺はお前の目の前にいる老いぼれの、何倍という長い時間を生きている、ということだ」
じいサマの言葉が、思考を上滑りしてしまう。言葉は理解できてるんだけど、その意味が自分の中へ入ってこない。
合成とか、トリックとか、思わなくもなかったよ。でも今、じいサマがそんな手の込んだことをする理由なんかないよね?
「初めて会うたのは、いつだったかの。わしは惺が死なずの身体だということを、惺の存在と共に知ったんだよ」
「しなずの、からだ?」
「お前は惺が怪我をするところを見たことがあるか?熱を出して寝込んだことは?」
「…見たこと、ない」
それはずっと長い間、疑問だったこと。あんなに細くて華奢なのに、惺は一度も体調を崩したことがないんだ。
「実際この目で見ても不思議なもんだ。ゆっくり傷が塞がって、血が止まる様というのはな。初めは羨ましいとさえ思ったものだが…惺を知るうちに、その痛ましさを理解したよ」
じいサマは何を思い出したのか、ちょっと辛そうな顔で目を閉じた。
「身の回りの人間が一人残らず死んで逝く中、自分だけが取り残される。…奇異の目を向けられることも、少なくはなかったろう。わしが会うたばかりの頃の惺は、生きることも死ぬことも諦めているように見えたな」
深い皺に包まれた口元から零れるのは、不思議な話ばかりだけど。俺は困惑しながらも、その話を受け入れていた。
惺がたくさんの国の言語を使えるのは、全てその国へ「行った」からだと話してくれた。そして、それを俺に口走ってしまったとき。
惺は物凄く後悔した顔をしてたんだ。
今まで首を傾げていたことのひとつひとつが、まるで完成していくジグソーパズルを見てるみたいに、繋がれ埋められていく。
時々色を失ったみたいに哀しそうな瞳をして、ぼんやりしていることのあった惺。
何を考えてるんだろうって。子供の頃からずっと思ってた。
「わしはな、直。お前を責められんのだ」
「え?」
「わしもお前と同じように、惺を傷つけたことがあるのでな」
苦笑いの瞳。俺が惺を押し倒してしまったことを言ってるんだってわかって、思わず顔が赤くなる。
「ははは…若かったんだろうさ。何者にも捕われん惺を見ていたら、力づくでも自分に縛り付けてやりたくなった。…浅はかで愚かな男とは、わし自身のことだな」
「じいサマ…」
「しかし惺に、わしでは駄目だと言われての」
「…え?」
じいサマでは駄目って、どういうこと?
だってじいサマはこのとき、笠原家の跡継ぎだったんだろうし、それにこの写真みたくカッコ良かったはずなのに。
じいサマは指を組み直すと、デスクに肘を置いて俺の顔を覗き込んだ。
「直、お前は素直でいい子だ」
「じいサマ…?」
「しかしな。こんな話をすぐ信じられるかね?」
改めて言われて、びっくりしたけど。俺は力強く頷いた。
「信じるよ。…じいサマは嘘なんかつかないし、この話がどんなに不思議でも、じいサマの知ってる真実だってことに、代わりはない」
正直やっぱり、惺が不死身だとか言われてもピンとこないけど。……なんかマンガみたいだし。
でもじいサマの話は、信じるに足るだけの要素がある。
不死身云々はともかくとしても、辛そうに眉を寄せて惺のことを語ってくれるじいサマの言葉を、疑ったりしない。
「…そうか」
ため息をついたじいサマは、深刻な顔で俺を見つめた。
「惺には助かる方法がある」
「助かる、方法?」
「そうだ。運命が選んだ相手と、千夜を共にすることが出来たら、惺の身体は時間の流れを取り戻し、我々と同じように生きていくことが出来る」
「…それって…」