「わからんほど、子供ではあるまい?」
どきっと胸が震えた。
焦ったり照れたりするより前に、何かが俺の心臓を貫いた。
「惺は探すなと言ったがね。自分には償いきれぬ罪があるから、許されることなど望んではいないのだと。しかしわしは、どうしても探してやりたかった。…死ぬこともできず、傷さえも負わず、それでも苦しんで痛みに足掻く惺を見ていたら、探さずにはいられなかったよ」
「じいサマ…」
「笠原の力を駆使して、長いこと探した。わしでは助けてやれぬ惺を、唯一助けてやれるという存在。…惺が呪いと呼ぶその痣と同じ、星形の痣を持つ者をな」
……愕然として自分の手を見つめてた。
不器用な、俺の右手。
親指の付け根にある星型の痣は、惺の痣と同じ形をしていて、生まれたときからずっと、そこに刻まれている。
―――生まれつき星型の痣を持つお前を見つけたと、報告を受けたとき。惺は余計なことをするなと怒ったよ。それでも幼いお前が酷い目に遭っていると知った惺は、この屋敷を飛び出して行った。
惺自身が抗えんかったんだろう…運命というやつに。
いつ聞いてもお前を利用する気はないと答えるくせに、どうしてもお前を手放さんのだ。お前という存在に溺れていく惺は、自分と戦っているように見えたよ。
お前の手で許されたいと思う自分。
罪に怯えて縛られていたいと思う自分。
永遠の贖罪などというものは、結局のところ自己満足に過ぎんのじゃないかと言ってやれば、わしに何がわかると惺は突っぱねるがね。
しかしわしは、思うんだよ。
犯した罪を糾弾するのは、いつだって己自身だ。
己の罪と向き合わん奴は、どんなに重く罰せられても意味がない。だが己の罪を悔いる者は、それだけでもう十分な罰を受けておる。どんな罪でもだ。
…なあ、直。人は誰しも、老いて死を身近に感じたとき、初めて知ることがある。
人というのは随分と、弱くてな。一人で生きていくことなど出来んのさ。惺とて長い時間、ただ一人でおったわけではあるまい。人に触れるからこそ、残される我が身を嘆くんだ。
あれはもう、許されるべきだ。
己の気持ちを素直に受け入れて、お前の手を取るべきだと、わしは思うんだよ。
じいサマの言葉に耳を傾けながら、俺は小さな額の中の写真を眺めてた。
そこにぽつぽつと雫が落ちていって、自分が泣いてるんだって気づく。
すごく仲の良さそうな二人。こうして話を聞いてると、写真の二人がじいサマと惺なんだって、なんの不思議もなく信じられるよ。だって今の二人と、全然変わらない雰囲気なんだ。
惺はずっと、何度も何度も大事な人と別れてきたのかな。
じいサマみたいに惺を大事にしてくれる人が、きっと何人もいただろうに。その人たちを見送って、何度も一人に戻って。寂しいまま生きてきたんだね。
だから孤独に怯えていた俺の気持ちをわかって、必ず傍にいてくれたんだ。
自分で出て行けって言ったくせに、俺が離れて行くんだって実感したら、怖くなった?
それがあの、惺から送られるキスの意味?
きっと自分でも、苦しいんだ。
俺の気持ちがどうとかじゃなくて、長い時間を終わらせることの出来る存在を失うことに、また迷ってるんだろうね。
……馬鹿だね、惺。
惺はたくさんの人を見送って、苦しかっただろうけど。惺を残していく人達だって、どんなに辛かっただろう。
俺は惺の幸せのためなら、離れてあげられるけど。惺が幸せにならないってわかってて離れるなんて、出来ないよ。
「じいサマは、惺を残して行きたくなかったんだね…」
呟く俺に、じいサマはゆっくり身体を椅子に預けて微笑んだ。
「そうだな…。老いるにしたがって、惺を置いて逝くことの恐ろしさを感じたな。お前を見つけたときは、ほっとしたよ。…図体ばかり成長したお前は随分と頼りなく、不安にもなったがね」
言われてしまって、俺は眉を下げてしまう。情けないね、じいサマの言う通りだ。
「前に来たときの俺じゃ、ダメだって思ったの?」
「相当情けない面をしとったからな。お前なんぞに惺を任せられるかと思ったな」
「ははは…ほんと、その通りだ」
あの時の俺だったらきっと、いま聞いた話を受け止められなかった。
惺の運命の相手だって聞かされて有頂天になるか、架せられた責任に押しつぶされるか。どっちかだったんじゃないかな。
「俺ね…ナツアキに、絶対にお前の味方だからって、言われたの。何があっても自分たちがついてるからって。そう言われたとき、俺は一人じゃないって思ったんだ。俺は俺だけのものじゃなくて、俺が苦しむことで同じように苦しむ人がいるんだって。だったら俺は、自分が幸せになるよう、頑張らなきゃってさ」
「…そうか」