きれいな色の瞳に俺が映ってて、ちょっとだけ安心した。ちゃんと俺のこと、見てくれてるんだって。
「俺の痣を見ないようにしてるのって、惺がまだ自分を許せないから?」
俺が尋ねた瞬間、惺の顔は青ざめて、唇が震えだした。
逃げ出そうとするのを許してあげずに、そのまま座らせて。俺は制服の上着を探ると、黙ってじいサマから預かってきた写真を差し出す。
動揺を隠せずに震えてる手が、それを受け取って。視線を落とした惺は息を飲んでいた。
「どうしてこれを、お前が…」
「じいサマから借りてきた」
惺とじいサマが一緒に映っている写真。嫌がる惺を説き伏せて、一枚だけ撮ったんだって言ってた写真。
「じいサマに絶対返すからって約束して、借りてきたんだ。じいサマその写真、すごく大事にしてるから」
誰にも見せないで、でもずっと手元に置いて。あんな愛しそうにしてるじいサマを見たのは初めてだったもん。
惺は写真を手にしたまま、顔をしかめてる。吐き出した声は掠れてた。
「…まだ、持ってたのか」
俺は写真から目を逸らせないでいる惺のこと、じっと見てた。
「惺は写真が嫌いだって言ってたけど、これが理由なんだね」
「…………」
「それ見た時、俺ね。惺の声が聞こえてくるみたいだなって思ったよ。…この一枚だけだぞって、じいサマに釘さしてる声。すぐに捨てろよって、嫌そうにしてる声。きっとじいサマは、わかったわかったって、今と同じように笑ったんだよね」
楽しそうな二人の会話が、聞こえて来るんだ。カメラを用意してた人は、二人のテンションがあまりに違ってて、笑うに笑えなかっただろうな。
「一緒に写ってるのがじいサマだって判ったとき俺、羨ましくって…悔しかった」
だって俺には一枚もない、惺と一緒に撮った写真なんだから。
「俺とは一緒に写真撮ってくれたこと、なかったもんね。どんな時でも。…子供の頃は理由が理解できなくて、写真が嫌いなんだって言われても納得できなくて…確か、駄々捏ねて泣いたこともある」
その時のことを思い出して、俺は思わず頬を緩めてしまう。
どうしてもカメラのフレームに入ろうとしない惺に、子供の俺はとうとう癇癪を起こして泣き出して。誕生日かなんかの時じゃないかな。
困らせたよね……ごめんね、惺。
年を取らない自分のことを知られるのが怖かっただなんて、俺には想像もできなかったんだ。
「今の二人と、全然変わらないね。じいサマが若いだけで、雰囲気も仲良さそうなのも、何も変わらない。だから俺は、疑いようもなくじいサマの言葉を信じたんだ」
息を吐いて、じっと惺の目を見つめる。
何かに怯えているような表情は、俺の気のせい?この先の言葉を聞きたくないのかもしれないけど、でも。
ごめんね。
今日だけは俺、引かないから。
「惺…」
「やめろ」
「惺の痣は、ただの痣じゃないんだね」
「やめなさいっ!」
「その痣が惺に死ぬことを許さず、長い間惺を苦しめてるんだ」
「言うなっ!!」
俺を振り払い、惺が離れていく。
ゆっくり立ち上がった俺は、自分の身を抱きしめて震えてる惺のことを、静かに見ていた。
惺は可哀相なくらい動揺してる。
俺に背を向け、自分の身体を自分で抱きしめて。少し離れているところに立っている、俺からでもわかるくらい、細い肩が震えてた。
「…誰から、聞いた…」
低く呟く声。
「じいサマに教えてもらったんだ」
惺が死ぬことも出来ず、老いに蝕まれることもなく生きていること。
同じ形の痣を持つ俺と、千夜身体を繋いだら開放されること。
俺がその運命を担う人間だとわかっていて、育ててくれたこと。
この十年、惺が秘密にしていたことは、全て俺に知らされた。
「どうして泰成が…直人には黙っているとあれほど…っ」
声を荒げてるわけじゃないのに、惺の声はまるで悲鳴みたい。
「俺が頼んだんだよ。俺がしなきゃいけないこと、知りたかったんだ」
自分がここにいることの意味。
惺に出会ったことの理由。
「…惺、覚えてる?初めて会った、十年前のこと」
話しかけても、惺は振り返ってくれないけど。俺は惺に近寄らず、立ってるところを動かずに言葉を紡いだ。
「俺ね、最近ようやく思い出したんだよ。初めて惺を見た時、やっと会えたって。確かにそう思ったんだ」
俺の言葉に惺は首を振る。必死な様子に思わず、苦笑いが浮かんでしまった。
「でも俺、そう思ったんだよ…。ずっと長い間、勘違いしてた。惺は父さんか母さんと知り合いだったのかもしれないとか、だから惺は俺の名前をあの時知ってたのかな、とか。ひょっとしたら親戚なのかな、とかね」
惺も藍野の姓を名乗ってたから、余計にそんな気がしてた。