「俺はもっと、自分の直感を信じるべきだった。…俺、惺と出会うために、生まれてきたんだよね」
口にすると、すごく嬉しくて。胸が熱くなったけど。でも惺は、いっそう肩を震わせるんだ。
「惺…?」
どうしたの……なんか、様子が違う。
惺は自分を抱きしめてた腕を解いて、俺を振り返った。
その顔は、相変わらず青ざめてて……でも。口の端が嘲りに吊り上がってる。
「せ、い?」
「くっ、ははは!なるほど?それは確かに素晴らしく美しい話だな」
ぎらぎらした目で俺を睨み、惺が笑ってる。前髪をかき上げた惺は、呆れたように肩を竦めた。
「僕が長い間世界をさ迷い、探していたのがお前だというわけだ?ようやく出会えた運命の人を大切に育てていた僕は、今やっと思いを遂げる場面か?なんだ?僕に泣いて取り縋って欲しいのか?」
「ち、違うよ惺。俺、そんなこと…」
「ふざけるなっっ!!」
近寄ろうとしてた俺は、惺に怒鳴られてびくっと身体を竦ませた。
顔色をなくしている惺の瞳には、いっそ憎悪が滲んでいる気さえする。
大きな声を出して息を切らせ、じろりと俺を睨んだまま、惺は「馬鹿だな直人」と呟いた。
「惺…」
「愚かしいにもほどがある。泰成はどんな美辞麗句でお前をおだててくれたんだ?教えてやるよ。お前は二人目だ」
「え……」
目を見開く俺に、惺はにこりと笑いかける。でもその笑みは、恐ろしいくらいに冷たいものだった。
「僕は過去、お前と同じように星型の痣を持つ女性と会ったことがある」
「俺と、同じ…?」
「ああそうだ。痣のある人間が、この世にどれくらいいると思ってる?……お前は二人目なんだよ、直人」
「っ……!」
俺は惺の言葉に驚いて、すぐに言葉を吐くことなんか出来なかった。でも惺は、まだ足りないと言いたげに、残酷な言葉を続けるんだ。
「そのうち星型の痣を持つ、三人目の人間とも会えるだろう。…お前でなければならない理由など、どこにも存在しない」
……それは俺が、必要ないってこと?
呆然としてしまって、まばたきをすることすら忘れていた。なんだろう……指先が凍えてるみたいに冷たい。
「前にも言ったが、お前がいま抱えているものは、単なる一過性のものだ。十代という年齢が見せている幻想だ。その上、泰成に物語りじみた話を聞かされて、自分がヒーローのようだとでも思ったか?…自惚れるのも、大概にするんだな」
せっかく自分の中に築かれてた強さが、惺の言葉でまたぐらぐらし始める。
「たとえお前に僕の呪いを解く力があったとしても…そんなもの、僕には必要ない」
嘲笑う声。
惺の冷たい拒絶に、目の前が暗くなっていた。
俺じゃなくても、いいの?
やっと惺を幸せに出来ると思って、浮かれてただけなの?
俺は首を振った。その様子はきっと、惺には子供じみて見えただろうけど。
「なんで?なんでそんなこと言うんだよ!俺でもいいんでしょ?!じゃあ俺でいいじゃん!!」
「しつこいぞ、直人」
「俺、自分がヒーローだなんて思ってない!不死身とか言われたってそんなこと、わかんないもんっ!不思議だとは思うけどでも、そこまで子供じゃないよ!」
惺に近寄って腕を掴んだけど、力強く振り払われてしまう。情けない顔で見つめてる俺に、惺は溜め息をついた。
「だったら、見せてやろうか?」
「…え?」
見せるって、何を?
思わず目をぱちぱちさせる俺に笑いかけて、惺はキッチンに入って行った。
「お前がどれほど、おぞましい事態に巻き込まれようとしているのか。僕に架せられた呪いがどんなものか。…見せてやるよ、直人」
すぐに戻ってきた惺は、手に果物ナイフを握ってる。手入れの行き届いた鋭利な刃が、きらりと光ってた。
「なにする…つもり…」
「目の当たりにして、逃げ出せばいい」
「待って、惺っ」
惺のしようとしていること、本当はわからなかったんだけど。でも戦慄を覚えるほど嫌な予感がして、俺は首を振った。
「ダメだって!お願いだから!!」
「うるさいよ」
「惺やめてっ!」
「よく見ていろ」
必死に止めようとする俺の手をかわし、惺は自分の腕を捲くると、ナイフを強く押し付けた。
「惺っっ!!」
叫ぶ俺の前で、勢い良く惺が手を振る。握られていたナイフが惺の腕を走りぬけ、肌を裂き血を溢れさせていた。
視界が真っ赤に染まる。
一瞬固まってしまった俺は、すぐ惺の腕を取ろうとしたんだけど。惺は手にしたままのナイフを、俺に向けたんだ。
「黙って見ていろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
ナイフなんか、怖いはずがない。
俺には惺が怪我をすることの方がよっぽど怖いんだ。
嫌がる惺をなんとか抱きすくめた俺は、手当てをするために傷を見ようとして。
その瞬間、じいサマの言葉を思い出していた。