「んっ!…っふ、やめっ」
身を捩る惺のことを押し倒す。嫌がる口の中へ舌を捩じ込んだ俺は、口腔を舐めまわしてから唇を離した。
ねえ、わかる?惺。
惺を大好きな俺のこと、どんなに苦しめてるかわかる?
「俺は惺が好きなんだよっ」
「何を…」
「自分ことなんか全部後回しに出来るくらい、惺が大好きなんだよ!俺と同じように惺のことを好きな人たちが、今までどれくらいいたと思ってんの?!じいサマがどんな気持ちで俺を探したと思ってんだ!!」
じいサマは言ってた。自分が年を取って初めて、惺を置いて行くのが恐ろしくなったんだって。
自分の手で幸せに出来なくてもいいから、惺を助けてあげたくて、俺を探してくれたんだ。
「惺の幸せを願ってやまない人たちに、どれほど酷いことをしてるか、いい加減気づけよっ」
叫ぶ俺の何が引っ掻いたのか、俺の言葉に惺ははっと目を見開いた。
どこかによほど重要な言葉があったんだと思う。唇を震わせて黙った惺は、泣きそうな顔で俺を見てたけど。でもぎゅうって目を閉じたんだ。
「…お前には、関係のないことだ」
「惺っ」
「僕は誰にも理解されたくないんだ!僕の心に誰も踏み入るなっ!」
大きな何かを拒絶するみたいに、惺は俺の下で身を屈めて横を向く。受け入れようとしないことで、自分を守るみたいに。
俺は、ゆらりと立ち上がった。
「…わかった」
呟いたら、びくって怯えるんだ。
勝手だね惺。
自分から突き放すのはいいのに、自分が突き放されるのは嫌なの?
……そうだったね。
ここを出て行けって俺に言った時は平然としてたのに、俺が出て行くって言ったら急にキスしてきた。
自分は変わりたくないって背を向けるのに、変わっていく周囲を怖がってる。
もうね、俺。キレてわけがわかんなくなってきた。
惺に思い知らせたい。
俺が惺を好きなこと。みんなが惺の幸せを願ってること。
どんなに惺を泣かせてもいいから、わからせたい。
「教えてあげるよ、惺」
さっき惺が放り出した果物ナイフを拾い上げる。ふいに自分の痣が目に入って、溜め息をついた。
「俺じゃなくても、いいんだっけね?」
「直人…?」
起き上がった惺は、何を始めるんだって顔をして俺を見つめてた。
そうだよ。
そうやって、俺のやる馬鹿なこと、見てればいい。
「惺を解放する力は、この痣にあるの?」
「何を言って…」
「俺じゃなくてもいいって言うくらいだから、きっとこの痣が惺を助けてくれるんだよね。誰のところにあっても良くて、惺は俺じゃ嫌なんでしょ?」
ナイフを左手に持ち替えた。
何かに気づいた惺が、慌てたみたいに立ち上がったけど。
「じゃあ次の人に送ってあげるよ」
「やめなさいっ!」
「少しでも早い方がいいでしょ」
「直人っ!」
「三人目の人が、俺みたいな情けないガキじゃないといいね」
それだけ言って、駆け寄ってくる惺の目の前で、俺は自分の痣を引き裂いた。
……やっぱり、なんていうか……さすがに結構、痛くて。
でも俺はもう一度、傷のついた痣の上にナイフを押し当てた。
痣が見えなくなるまで続けようとしてた俺に、惺は飛び掛るような勢いでぶつかって、俺の手からナイフを叩き落したんだ。
「…なに泣いてんの、惺」
ため息が零れてしまう。ナイフを拾ってシンクの方へ放り投げた惺は、泣きながら俺に抱きついてくるんだ。
俺は惺の勢いに負けて、その場に座り込んでしまった。
「馬鹿だろうっ!何をしてるんだっ!」
「…惺と同じことをしただけなのに」
怒鳴る惺にぼそぼそ呟くと、泣きながら首を振って、俺にしがみついてくる。
震えてる肩に左手を置いた俺は、愛しい重さを抱いて目を閉じた。
「愛してるよ、惺」
こんなとこで言う言葉じゃないかもだけど。でも口をついたのは、意味さえおぼろげなその言葉。
どうにも俺、使い方を間違ってるのかもしれない。意味を理解してないのかな。
でもこの言葉が自分の中に生まれてくるときは、いつだって制御が利かないんだ。すごく自然に溢れてくるから、つい口にしてしまう。
俺の胸に顔を押し付けて、ずっと泣いてる惺の肩をさすってたら、どうしようもなく辛くなってきた。
ほんと、敵わないなあ……あんなに腹立ててたのにね。
「ごめんね惺、泣かないで?」
仕方なく謝る俺の腕の中で顔を上げた惺は、苦しげに眉を寄せて俺の首に腕を回してきた。そのまま綺麗な顔が近づいてきて、唇を塞がれる。
惺からのキスにはやっぱり、慣れることが出来なくて。
ただ胸がどきどき跳ねるんだ。
惺は何度も何度も俺の唇を啄ばんで、ゆっくり離れてく。間近に俺の瞳を見つめる惺は、眉を寄せ顔を歪めてたけど。それでも綺麗だなって思ってた。
「…なんで、こんなこと…っ」